入社してみたら話が違った。聞いていた現場と違う場所に配属された、残業は「ほとんどない」と言われたのに初月から月60時間を超えている、完全週休2日制のはずが当たり前のように土曜が埋まっている——このとき最初に調べたくなるのは「訴えられるか」ではなく「辞められるか」だろう。
答えは条文に書いてある。ただし、使えるかどうかは「求人票と違うか」では決まらない。どの書面で明示されていたかで決まる。 そしてもう一つ、条文が守ってくれる範囲は、あなたが「話が違う」と感じている範囲より狭い。
求人票と労働条件通知書は、法律上まったく別のものだ
まず整理しておく。あなたが転職の過程で受け取る条件の提示は、二段階ある。
一段目が求人票である。これは職業安定法が規律している。
公共職業安定所、特定地方公共団体及び職業紹介事業者、労働者の募集を行う者及び募集受託者並びに労働者供給事業者は、それぞれ、職業紹介、労働者の募集又は労働者供給に当たり、求職者、募集に応じて労働者になろうとする者又は供給される労働者に対し、その者が従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。(職業安定法第5条の3第1項)
二段目が労働条件通知書である。こちらは労働基準法が規律している。
使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。(労働基準法第15条第1項前段)
求人票は「こういう人を募集している」という提示であり、あなたと会社の契約内容を確定させるものではない。契約内容を確定させるのは二段目のほうだ。
ではその間に条件が変わったらどうなるか。ここに条文がある。
求人者、労働者の募集を行う者及び労働者供給を受けようとする者…は、…労働契約を締結しようとする場合であつて、これらの者に対して第一項の規定により明示された従事すべき業務の内容及び賃金、労働時間その他の労働条件…を変更する場合その他厚生労働省令で定める場合は、当該契約の相手方となろうとする者に対し、当該変更する従事すべき業務の内容等…を明示しなければならない。(職業安定法第5条の3第3項)
変えるなら、契約の前に言わなければならない。 黙って変えて入社日を迎えることを、法は想定していない。
2024年4月から、配属現場の「変更の範囲」は書面に書かれているはずだ
ここが施工管理に直撃する。
労働基準法施行規則第5条は、契約時に明示すべき事項を列挙している。2024年4月から、そのうちの一つがこう変わった。
一の三 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項(就業の場所及び従事すべき業務の変更の範囲を含む。)(労働基準法施行規則第5条第1項第1号の3)
厚生労働省は、この改正を「就業場所・業務の変更の範囲の明示」と呼び、「全ての労働契約の締結」のタイミングで明示が必要だとしている。
そして同条は、この事項が書面で渡されるべきものであることも定めている。
法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める事項は、第一項第一号から第四号までに掲げる事項(昇給に関する事項を除く。)とする。(同条第3項)
法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。(同条第4項本文)
就業場所は第1号の3、つまり第1号から第4号までの範囲に入る。書面交付の対象である。
施工管理という職種の実態を考えると、この改正の意味は大きい。現場は変わる。数か月で移る人もいれば、数年同じ現場に張り付く人もいる。だからこれまで、配属先について「決まっていない」「会社の指示による」で説明が終わることが珍しくなかった。
2024年4月以降、それでは足りない。変更の範囲を書く義務がある。 全国転勤があるなら全国と書き、特定の営業所の管轄内に限るならその範囲を書き、雇い入れ直後の現場から動かないならその旨を書く。範囲が書いていない通知書は、それ自体が明示義務を満たしていない。
同じ規則には、使用者側への禁止規範も置かれている。
使用者は、法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件を事実と異なるものとしてはならない。(同条第2項)
そして明示義務違反には罰則がある。
次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。 一 …第十五条第一項若しくは第三項…の規定に違反した者(労働基準法第120条第1号)
入社前の条件確認をどう詰めるかは施工管理の「完全週休2日制」は土日祝休みではないで扱った。この記事は、その確認をすり抜けて入社したあとの話である。
相違があれば、2週間待たずに辞められる
本題に入る。
期間の定めのない雇用を自分から辞める場合、原則はこうなっている。
当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。(民法第627条第1項)
申し入れてから2週間は雇用が続く。これが原則だ。
労働条件が相違していた場合には、この2週間が外れる。
前項の規定によつて明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。(労働基準法第15条第2項)
「即時に」と書いてある。予告期間の話ではない。
さらに、引っ越して入社した人にはもう一項ある。
前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から十四日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。(同条第3項)
地方の現場に配属されるという条件で転居し、入社後にその条件が事実と違ったなら、帰る旅費は会社が負担する。これは請求できる性質のものであって、会社の温情ではない。第3項違反もまた、先ほどの第120条第1号の罰則対象に含まれている。
ただし、正確に読む必要がある箇所がある。
第2項が解除の対象にしているのは「前項の規定によつて明示された労働条件」である。前項、つまり第1項によって明示された条件であって、求人票の内容ではない。 そして第1項による明示の中心にあるのが、書面で渡される労働条件通知書の記載である。
ここが冒頭で書いた分かれ目である。
-
求人票では「残業月20時間程度」だったが、労働条件通知書にも同じ記載があり、実際は月60時間だった → 明示された条件と事実が相違している。第2項の射程に入る
-
求人票では「残業月20時間程度」だったが、労働条件通知書には「所定労働時間を超える労働あり」としか書いておらず、実際は月60時間だった → 通知書の記載と事実は相違していない。第2項は使いにくい
条件が悪化したときに残る手当てが、通知書のほうにあるか、求人票にしかないか。それだけで打ち手が変わる。だから入社前に、求人票と労働条件通知書を並べて突き合わせる意味がある。 通知書に落ちていない条件は、口頭でどれだけ強く言われていても、あとから相違を主張する足場が弱い。
なお、第2項は会社を罰する規定ではない。罰則を定めた第120条第1号が挙げているのは第15条の第1項と第3項であって、第2項は入っていない。第2項はあくまで、あなたが抜けるための規定である。
エージェント経由なら、罰則はエージェントにも掛かる
もう一つ、あまり知られていない条文がある。
労働基準法が縛れるのは雇用主だけだ。あなたを紹介した転職エージェントには掛からない。しかし職業安定法は違う。
次の各号のいずれかに該当するときは、その違反行為をした者は、六月以下の拘禁刑又は三十万円以下の罰金に処する。 九 虚偽の広告をなし、又は虚偽の条件を提示して、職業紹介、労働者の募集、募集情報等提供若しくは労働者の供給を行い、又はこれらに従事したとき。 十 虚偽の条件を提示して、公共職業安定所又は職業紹介を行う者に求人の申込みを行つたとき。(職業安定法第65条第9号・第10号)
二つの号が、それぞれ別の当事者を捕まえている。第10号が捉えるのは、虚偽の条件で求人を申し込んだ会社側である。そして第9号は「職業紹介…を行い、又はこれらに従事したとき」と書かれており、その求人で職業紹介を行った事業者自身、つまり転職エージェントが対象になる。どちらも罰金だけでなく拘禁刑が並んでいる。
つまり、求人票の条件が事実と違ったまま紹介が行われることは、エージェントにとっても自分の問題である。
この構造は、実務上そのまま使える。入社前に条件を確認したいとき、会社に直接聞くより、エージェントに事実確認をさせるほうが動くことがある。会社にとっては「細かいことを聞いてくる応募者」でも、エージェントにとっては自社の法的リスクだからだ。どのエージェントをどう使い分けるかという前提は施工管理の転職エージェントを複数使うべき理由と選び方で扱っている。
ただし、ここは分けて理解しておく必要がある。第9号も第10号も、対象にしているのは「虚偽の条件を提示」した場合である。単に条件が変わったのに変更明示を怠っただけなら、第5条の3第3項の違反であって、こちらに直罰は無い。行政指導や改善命令を経て、その命令に従わなかった場合に罰則へ進む。相違と虚偽は別の経路である。
施工管理の転職エージェントを比較する
編集部おすすめの施工管理特化エージェント(登録・相談は無料)
本ページはアフィリエイト広告を含みます。掲載順位は報酬額に関わらず独自基準で決定しています。
条文が守るのは、書面に書ける条件だけだ
ここまで条文を並べてきたが、正直に書いておくべきことがある。以下は施工管理の現場の話ではない。このサイトの書き手は施工管理の実務経験を持たないが、転職のプロセスそのものは当事者として通っている。その範囲での話である。
条件について、会社にもエージェントにも確認はしなかった。通知書は受け取っている。おそらく紙だった。ただ、その中身について問い合わせた記憶は無い。
代わりにやっていたのは、会社そのものを調べることだった。そして内定をもらった会社について調べていく中で、ひとつ引っかかる数字が出てきた。中途入社者の3年定着率が、かなり低い水準にとどまるという内容だった。具体的な数値は、当時見つけたものを正確に再確認できないためここには書かない。ともかく、看過しにくい低さだった。
これはエージェントに聞いた。返ってきたのは、志望した職種以外の職種や現場も含む総合的な数値なので気にしなくていい、という趣旨の答えだった。
いま振り返ると、この答え方には特徴がある。数字を否定してもいなければ、訂正してもいない。母集団を広げて薄めている。 嘘は言っていないのだろうが、こちらが知りたかったこと——自分が入る職種ではどうなのか——には答えていない。
そのとき感じたのは、奥歯に物が詰まったような言い方だ、ということだった。懸念は残った。ただ、それ以外の条件はほぼ完璧で、非常に魅力的だった。だから決めた。
結論から書くと、その懸念は当たっていた。
入社後、いちばん強く「聞いていた話と違う」と感じたのは、**「前職での経験が今回の仕事にも活かせる」**という説明だった。
同じ業界、同じ職種、同じようなポジションで入ったとしても、会社ごとに仕組みが違い、ひとつの物事に対する呼び方も、捉え方も、処理の仕方も違ってくる。ルールと必要な知識の差が大きく、それまでの経験値がそのままでは効かない。「経験が活かせますよ」を額面どおり受け取って、現職からスムーズに移行できるだろうと軽い気持ちで移ると、後から、そう甘くはない、と痛切に感じることになる。
ここで最初の条文に戻ってほしい。
「前職の経験が活かせる」は、労働条件ではない。
だから労働条件通知書に書かれない。書かれない以上、労働基準法第15条第2項の「明示された労働条件が事実と相違する」には該当しないし、職業安定法第5条の3の明示事項にも入らない。第65条の「虚偽の条件」にも、まず当たらないだろう。
定着率も同じである。あれは労働条件ではないから、明示義務の対象ではない。
つまりこういうことだ。条文が手当てしているのは、書面に書ける条件だけである。 賃金、労働時間、休日、就業場所、業務内容。そこから外れるもの——仕事の中身が実際どうなのか、人が定着しているのか、聞いていた「活かせる」がどの程度のことなのか——は、条文の外側にある。そして、人が「話が違った」と感じて辞めたくなるのは、たいていその外側で起きる。
外側は、あとから条文で戻せない。入社前に測るしかない。
では何で測るか。相手の応じ方である。 定着率の数字をぶつけたときに返ってきた「気にしなくていい」は、数字そのものより多くのことを語っていた。答えの中身ではなく、答え方のほうにシグナルがあった。あのとき残った違和感は、正しかった。
だから、条件を確認する意味は「言質を取ること」だけではない。確認したときに相手がどう応じるかを見るために、確認する。 その場で即答するのか、調べて折り返すのか、それとも母集団を広げて薄めるのか。書面には残らないが、入社後に効いてくる。
辞めると決める前に確認しておくこと
即時に解除できるとしても、辞めることが最善とは限らない。判断する前に確認しておくべきものが二つある。
一つは、退職の理由が雇用保険の扱いにどう影響するかである。労働条件の相違を理由とする離職の扱いは、給付の開始時期に関わる。この論点は施工管理は辞めてから探すべきか|失業給付と給付制限で扱っている。
もう一つは、入社前の段階で条件が崩れた場合との違いである。入社日を迎える前に配属予定が消えたようなケースは、解除ではなく内定取消の問題になる。同じ「話が違う」でも、労働契約が始まっているかどうかで適用される条文が変わる。
まとめ
-
求人票(職業安定法第5条の3第1項)と労働条件通知書(労働基準法第15条第1項)は別の書面であり、契約内容を確定させるのは後者
-
求人時の条件を変えて契約するなら、契約前に変更内容を明示する義務がある(職業安定法第5条の3第3項)
-
2024年4月から、就業場所・従事すべき業務の「変更の範囲」が明示事項に加わった(労働基準法施行規則第5条第1項第1号の3)。書面交付の対象であり、配属現場が変わる施工管理に直接効く
-
明示された労働条件が事実と相違すれば、民法第627条第1項の2週間を待たずに即時解除できる(労働基準法第15条第2項)
-
就業のために転居していれば、解除から14日以内の帰郷旅費は会社負担(同条第3項)
-
ただし第2項が対象にしているのは「明示された労働条件」であって求人票ではなく、その明示の中心は通知書の記載である。入社前に両者を突き合わせておくことが、あとから使える足場になる
-
明示義務違反(第1項)と帰郷旅費の不負担(第3項)は30万円以下の罰金の対象。第2項は罰則規定ではなく、あなたが抜けるための規定
-
虚偽の条件の提示には6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金があり、求人を申し込んだ会社(職業安定法第65条第10号)と、職業紹介を行ったエージェント(同第9号)で号が分かれている。条件確認をエージェントに投げることには、この裏づけがある
-
単なる相違と虚偽の提示は経路が違う。前者は変更明示義務違反で直罰は無く、行政指導・改善命令を経る
-
条文が守るのは、書面に書ける条件だけである。「前職の経験が活かせる」も定着率も労働条件ではないため、明示義務の対象外であり、相違を主張する足場が無い。そして人が「話が違った」と感じて辞めたくなるのは、たいていその外側で起きる
-
外側は条文で戻せない。入社前に相手の応じ方で測るしかない。数字をぶつけたときに、否定するのか、訂正するのか、母集団を広げて薄めるのか——答えの中身より答え方のほうにシグナルがある