建設業には、会社が変わっても通算される退職金の制度がある。掛金は全額が事業主負担で、自分の給与からは引かれない。20年加入していれば、公式の額表で約193万円になる。
制度の名前は建設業退職金共済、通称は建退共という。
ただし、施工管理がその対象なのかについて、建退共は公式には答えを出していない。この記事では、条文と公式資料でどこまで分かるのかを確認する。そして後半では、退職のときに会社から取れる書類の話を書く。
掛金は全額事業主負担で、転職しても通算される
まず制度の中身を確認する。運営しているのは勤労者退職金共済機構の建設業退職金共済事業本部である。
公式サイトの記載を引く。
退職金は、働く企業が変わってもそれぞれの期間を通算して計算します。
1日320円の掛金は自己負担なし!
掛金日額320円で加入した場合の退職金額が、公式に表で示されている(令和3年10月1日以降に加入した場合)。
| 加入期間 | 退職金額 |
|---|---|
| 1年(12月) | 24,192円 |
| 5年 | 414,087円 |
| 10年 | 893,559円 |
| 20年 | 1,933,479円 |
| 30年 | 3,038,919円 |
| 40年 | 4,268,007円 |
出典:建設業退職金共済事業本部 制度紹介ページ
新しく加入した被共済者については、国が掛金の一部(初回に交付される共済手帳の50日分)を補助する仕組みもある。
受け取りには条件がある。公式FAQによれば、12か月以上(21日分を1か月と換算)の掛金納付が前提で、これに満たない場合は退職金の請求ができない。
転職を前提に考えるなら、この「通算される」という性質は大きい。会社の退職金制度は勤続年数でリセットされるが、建退共は業界内を移動しても積み上がり続ける。
ところが、条文はあなたを含んでいない
ここから、誰も書いていない話になる。
建退共の根拠法は中小企業退職金共済法である。同法第2条第5項が、この制度の対象者を定義している。
…機構が、期間を定めて雇用される者としてその事業主に雇用され、かつ、当該特定業種に属する事業に従事することを常態とする者の退職について…退職金を支給することを約する契約
第39条も、同じく第3条第3項第1号(「期間を定めて雇用される者」)を引いている。
「期間を定めて雇用される者」——つまり有期雇用である。
なぜそうなっているかは、「特定業種」の定義を読むと分かる。同法第2条第4項である。
この法律で「特定業種」とは、建設業その他従業員の相当数が、通常、当該業種に属する多数の事業の間を移動して…雇用される業種であつて、厚生労働大臣が指定するものをいう。
制度が想定しているのは、現場から現場へ移動しながら働く労働者である。ひとつの会社に月給制の正社員として採用され、そこから現場に出ている施工管理を、条文は素直には含んでいない。
そのズレを、建退共自身が認めている
では実際にどうなっているのか。建退共の公式FAQが、条文と運用のズレをそのまま認めている。
中小企業退職金共済法では、建退共制度の被共済者となる者は、建設業を営む事業主に期間を定めて雇用される者で、建設業に従事することを常態とする者としています。しかしながら、建設業界の雇用実態は複雑ですので、従来より、「建設業を営む事業主に雇用されている労働者で、建設業の現場で働いている者」は全て建退共制度の被共済者となりうるものとしています。
条文はこうなっているが、実態が複雑なので運用で広げている、と公式が書いている。
対象者の列挙も見ておきたい。
現場で働く大工・左官・鳶・土工・電工・配管工・塗装工・運転工・現場事務員など、その職種のいかんを問わず、また、月給制・日給制・あるいは、工長・班長などの役付であるかどうかも関係なく、すべて被共済者となることができます。
除外されるのはこちらである。
事業主、役員報酬を受けている方及び本社等の事務専用社員、同居の親族のみを雇用する事業所の使用者および個人企業の配偶者の方。
月給制でも構わない、役付でも構わないと明記されている。除外されるのは「本社等の事務専用社員」だ。
そうすると、現場に出ている施工管理はどちらに入るのか。そこが書かれていない。
公式の判定フローに、施工管理という選択肢は無い
建退共の公式サイトには、加入対象かどうかを判定するフローが用意されている。Q1からQ4まで進む形式で、最後のQ4がこうなっている。
Q4.以下に該当する職種がありますか?
選択肢は15職種である。大工/とび職/軽作業員/普通作業員(土工含)/舗装工、道路工/鉄筋工、鉄骨工/石工/左官/屋根工、板金工/塗装工/建具工、室内装飾/電工/配管工/機械運転工/植木職、造園工。
施工管理も現場監督も無い。
「該当する職種はない」を選ぶと、判定結果はこうなる。
加入対象となるか建退共各都道府県支部へお問い合わせください。
つまり、公式が施工管理に対して即座にYESと言っていない。
だからこの記事も「施工管理は建退共の対象です」とは書かない。書けるのは、確認する先がどこで、何を聞けばよいかまでである。
参考:制度の規模と、減り続けている加入者
令和7年度の建退共統計(令和8年3月末時点)を見ておく。
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共済契約者 174,121件
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被共済者 2,082,977人
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年度中の加入93,842人・脱退113,137人
被共済者数は令和3年度の2,156,481人から、5年連続で減少している。
ただし、この統計に職種別の内訳は公表されていない。施工管理が何人加入しているかは分からない。
私は、説明を受けられた側だった
ここから、自分の退職のときの話をする。
私が前職を辞めるとき、退職手続きの中で経理担当者からいろいろと説明を受けた。はっきり覚えているのは三つである。
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退職金の見込額に関する説明
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返却すべき備品(PCやその他支給品)のリスト
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離職票(これはあったかどうか、記憶が少し曖昧である)
(念のため書いておくと、私の前職は建設業の現場ではない。だからここで受けたのは会社の退職金制度の説明であって、建退共の説明ではない)
それでも、この経験から書いておきたいことがある。
なぜ説明を受けられたのか、である。
私は何よりも「円満退社すること」を最優先に考えていた。だから、しっかりとコミュニケーションを取りながら書類の手続きを進めた。結果として、聞かなくても向こうから説明が出てきた。
ここが、この記事の転回点だと思っている。
制度を知るための前提は、制度の知識ではない。
退職金や共済の話は、就業規則を読んでも分からないことがある。求人票には載らない。**人から聞くしかない場面がある。**ところが、辞め方で関係が切れていれば、そもそも説明を受ける場が無くなってしまう。
引き止めで揉めた。条件で対立した。やり取りが書面だけになった。そうなってから「うちは建退共に入っていますか」「共済手帳はありますか」とは、聞きにくい。
円満退社は、感情の問題として語られることが多い。だが**情報の問題でもある。**辞め方が、辞めた後に手に入る情報の量を決めてしまう。
退職を申し出た後に会社が何を言ってくるか、それにどう応じるかは施工管理の退職引き止めにまとめた。
私は、聞かなかった
もう一つ、正直に書いておくことがある。
私は転職エージェントと、退職金制度について詳しく話した記憶が無い。
まったく気にしていなかったわけではない。「退職金制度はあるに越したことはない」とは考えていたし、**内心では応募先を選ぶポイントの一つにしていた。**それなのに、「退職金制度があるところを優先して探してほしい」といったリクエストまでは出さなかった。
年収交渉でも、退職金や共済を材料にしたことはない。そもそも私は、自分からお金に関する具体的な交渉や話をすることがほとんどなかった。
たぶん、これを読んでいる人の多くも同じではないかと思う。内心では条件の一つに数えているのに、口には出さない。
これは退職金に限った話ではない。役職の中身も、提示年収の内訳も、聞かなければ出てこない側にある。その話は施工管理の名ばかり管理職に書いた。
だから私はここで「エージェントに聞けばよかった」とは書かない。**言わなかったから、後から自分で確認するしかなくなった。**この記事は、その「後から確認する」ための手順である。
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辞めるときに、会社から取れる書類
後半は、退職手続きで詰まりやすいところを条文で押さえておく。
退職証明書は、請求した項目だけが書かれる
労働基準法第22条第1項である。
労働者が、退職の場合において、使用期間、業務の種類、その事業における地位、賃金又は退職の事由(退職の事由が解雇の場合にあつては、その理由を含む。)について証明書を請求した場合においては、使用者は、遅滞なくこれを交付しなければならない。
そして第3項が重要である。
前二項の証明書には、労働者の請求しない事項を記入してはならない。
**請求した項目だけが書かれる。**退職の事由を書かれたくないなら、請求しなければよい。転職先に提出する目的なら、在籍期間と業務の種類だけを請求するという使い方ができる。
第4項は、いわゆるブラックリスト行為を禁じている。
使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第一項及び第二項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。
(この「秘密の記号」の規定を第3項として紹介している解説を見かけるが、条文上は第4項である)
罰則は非対称になっている。第1項から第3項までの違反は第120条第1号で30万円以下の罰金。第4項の違反は第119条第1号で6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金である。証明書を出さないことより、ブラックリスト行為のほうが重い。
離職票は、会社が出すものではない
「離職票が届かない」という相談は多いが、主体を取り違えている解説が少なくない。
雇用保険法施行規則第17条第1項を読んでほしい。
公共職業安定所長は、次の各号に掲げる場合においては、離職票を、離職したことにより被保険者でなくなつた者に交付しなければならない。
**離職票を交付するのはハローワークの長である。**会社ではない。
では事業主の義務は何かというと、三つある。
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資格喪失届の提出——「当該事実のあつた日の翌日から起算して十日以内」(同規則第7条第1項)
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離職証明書の交付——本人が離職票の交付を請求するために求めたとき(同規則第16条)
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求職者給付に必要な証明書の交付——雇用保険法第76条第3項。これを拒むと同法第83条第4号により6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金
つまり「離職票が届かない」ときに詰めるべきは、会社がハローワークへの届出を済ませているかである。会社に「離職票を出してください」と言うより、話が早い。
なお、失業給付の受給期間は離職の日の翌日から1年である(雇用保険法第20条第1項第1号)。給付制限の中身は施工管理は辞めてから探すべきかに書いた。
まとめ
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建退共は掛金が全額事業主負担で、働く企業が変わっても期間が通算される。掛金日額320円なら20年で1,933,479円(公式額表)。受給には12か月以上(21日分を1か月換算)の納付が必要
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ところが根拠法の中小企業退職金共済法(2条5項・39条)は対象者を「期間を定めて雇用される者」と定義しており、月給制の正社員として採用された施工管理を素直には含まない
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そのズレを建退共自身が公式FAQで認めている。「建設業界の雇用実態は複雑ですので、従来より…現場で働いている者は全て被共済者となりうるものとしています」
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FAQは「月給制・日給制・あるいは工長・班長などの役付であるかどうかも関係なく」対象になるとし、除外は「本社等の事務専用社員」等としている。現場に出る施工管理がどちらかは書かれていない
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**公式の加入判定フローの職種15択に、施工管理も現場監督も無い。**選択肢が無い場合の判定結果は「建退共各都道府県支部へお問い合わせください」。公式が即YESと言っていない
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被共済者は令和8年3月末で2,082,977人。令和3年度から5年連続で減少。職種別の内訳は公表されていない
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私は退職時に、経理担当者から退職金の見込額の説明を受けた。円満退社を最優先にコミュニケーションを取りながら手続きを進めた結果である。制度の説明は人から聞くしかない場面があり、辞め方が辞めた後に手に入る情報を決めてしまう
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私はエージェントに退職金制度のリクエストを出していない。**内心では条件の一つにしていたのに口に出さなかった。**だから後から自分で確認するしかなくなった
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退職証明書は請求した項目だけが書かれる(労基法22条3項)。退職事由を書かれたくなければ請求しない
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「秘密の記号」の禁止は22条4項で、罰則は119条1号(6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金)。1〜3項違反の120条1号(30万円以下の罰金)より重い
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離職票を交付するのは公共職業安定所長(雇保則17条1項)であって事業主ではない。事業主の義務は資格喪失届10日以内、離職証明書の交付、求職者給付に必要な証明書の交付(拒否は罰則あり)