在職中に転職活動をしていると、必ずこの不安が来る。前の会社に連絡が行くのではないか、と。
建設業は狭い。元請と協力会社、発注者と受注者、前の所長と今の所長。どこかで繋がっている。だから「応募先が前職に問い合わせる」という一手は、他の業界より重く効く。
この記事では、応募先が前職に何を聞けるのか、前職は何を答えていいのかを、条文の側から分ける。そして最後に、私が実際にリファレンスチェックを告げられて、選考を辞退したときの話を書く。
あなたの業界の数字は、誰も出していない
まず実施率から入りたいところだが、ここで正直に書いておくことがある。
リファレンスチェックの実施率について一次資料で確認できたのは、エンワールド・ジャパンが2021年3月10日に発表した調査(調査期間2021年1月15〜21日、対象303社)の41%(外資系58%/日系23%)だけである。
ただしこの調査の対象は「外資系企業およびグローバルにビジネスを展開している日系企業」に限られている。**地場のゼネコンや中小の建設会社とは、母集団がまるで違う。**しかも5年前の数字だ。
そして、業種別に建設業を切り出した公表調査は見つからなかった。「2024年に36.6%まで増加」といった数字も流通しているが、調査主体も対象数も辿れないため、この記事では使わない。
つまりこうなる。建設業でリファレンスチェックがどれだけ行われているかは、誰も数えていない。だから自分の応募先がやるかどうかは、統計ではなく、目の前の選考の中で見るしかない。
規律は二本立てで、根拠法も帰結も違う
ここが、この話のいちばん重要なところである。多くの記事は「本人の同意があればOK」で終わるが、実際には集める側と答える側で別の法律が動いている。
集める側(応募先)は職業安定法
職業安定法第5条の5は、求職者の個人情報の取扱いを定めている。条文の名宛人に「求人者」、つまり応募先企業そのものが明記されている。
公共職業安定所、特定地方公共団体、職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者…は、それぞれ、その業務に関し、求職者、労働者になろうとする者又は供給される労働者の個人情報…を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で、厚生労働省令で定めるところにより、当該目的を明らかにして求職者等の個人情報を収集し…なければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない。
(注:この規定は令和4年の改正で第5条の4から第5条の5に繰り下がっている。現在の第5条の4は「求人等に関する情報の的確な表示」という別の内容である。古い条番号で解説している記事が多いので、条文を確認するときは注意してほしい)
そして、これを受けた厚生労働大臣の指針(平成11年労働省告示第141号)第五 一(三)が、収集の方法を定めている。
職業紹介事業者、求人者、…は、個人情報を収集する際には、本人から直接収集し、本人の同意の下で本人以外の者から収集し、又は本人により公開されている個人情報を収集する等の手段であって、適法かつ公正なものによらなければならないこと。
前職への照会は「本人以外の者から収集」に当たる。だから本人の同意が要件になる。ここが法的構造の中心である。
答える側(前職)は個人情報保護法。ただし条件付き
では、問い合わせを受けた前の会社は答えていいのか。個人情報保護委員会が公表しているガイドラインのQ&Aに、まさにこの設問がある。
Q7-12 第三者から、当社を退職した従業者に関する在籍確認や勤務状況等について問合せを受けていますが、当該問合せに答えることはできますか。 A7-12 退職した従業者に関する在籍状況や勤務状況等が個人データ(個人情報データベース等を構成する個人情報)になっている場合、問合せに答えることは個人データの第三者提供に該当し、本人の同意がある場合や第三者提供制限の例外事由に該当する場合を除いて、第三者に提供することはできません。
読んでほしいのは、太字にした条件のほうである。個人情報保護法第27条(第三者提供の制限)がかかるのは、個人データになっている場合だ。
ということは——人事担当者が記憶で答える口頭の受け答えは、データベースを構成しない。第27条の射程から外れうる。
建設業でよく起きる、所長同士の電話や協力会社経由の「あの人どうだった?」は、ちょうどこの穴に落ちる。
応募先が集める
- 根拠となる法律職業安定法5条の5+大臣指針
- 本人同意の要否本人以外から集めるなら必要
- 記憶による口頭回答収集にあたるので同じ規律
前職が答える
- 根拠となる法律個人情報保護法27条
- 本人同意の要否個人データの提供なら必要
- 記憶による口頭回答データを構成せず射程外になり得る
**そしてこの穴を塞いでいるのは、答える側の法律ではなく集める側の法律である。**個人情報保護法で捕まえきれない非公式な照会も、応募先が「収集」する行為として職業安定法の規律の中にある。この二層構造を分けて理解しておくと、自分がどこに立っているかが見える。
在職中の転職活動を社内に知られずに進める全体の段取りは施工管理の転職を在職中にバレずに進める方法にまとめている。
指針は「拒否したら不採用」を名指しで禁じている
もう一つ、あまり引用されない条項がある。同じ指針の第五 一(六)である。
イ 同意を求める事項について、求職者等が適切な判断を行うことができるよう、可能な限り具体的かつ詳細に明示すること。 ロ 業務の目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を収集し、保管し、又は使用することに対する同意を、職業紹介、労働者の募集、募集情報等提供又は労働者供給の条件としないこと。 ハ 求職者等の自由な意思に基づき、本人により明確に表示された同意であること。
ロが名指ししているのは、必要な範囲を超える収集への同意を、採用の条件にしてはならないということである。
同意の水準についても、同指針 一(一)が定めている。
…どのような目的で収集され、保管され、又は使用されるのか、求職者等が一般的かつ合理的に想定できる程度に具体的に明示すること。
さらに 一(二)は、そもそも収集してはならない情報の類型を挙げている。人種・民族・社会的身分・門地・本籍・出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項、思想及び信条、労働組合への加入状況である。
ここまで読むと、実務的な一手が見えてくる。同意書に「誰に・何を・どの範囲で聞くのか」が書いてあるかを確認せよ、と。多くの記事はそう書いている。
私の場合、その同意書が出てこなかった。
私の場合、同意書は出てこなかった
ここから、実際に起きたことを時系列で書く。
在職中の転職活動だったので、社内には当然内緒で動いていた。だから現職に知られるリスクのあるリファレンスチェックは正直避けたかったし、その意思は事前に伝えていた。
一次面接の時点では、リファレンスチェックの説明は無かった。話が出たのは、二次面接を通過した段階、つまり最終面接の前である。「リファレンスチェックがあります」と告げられた。
「難しいなら辞退してください」と言われたわけではない。実施されるという事実だけが提示された。
エージェントからの説明はこうだった。「同僚や同期など、気を許している仲間でも構わない。社内の人間に5分ほど電話をさせてもらう形式だ」。
私は「それでも現職の人間への接触は難しい」と伝えた。返ってきたのは、**「ひとまず二次面接を通過してから改めて相談しましょう」**という言葉だった。
私はその時点で、選考を辞退した。
**どの範囲まで調べるのかという詳細な書面の提示は、最後まで無かった。**意図としては、職務経歴書の内容に嘘がないかの確認だったのだと思う。
この経験から、三つ書いておきたい。
一つ目。同意書が出てこないこと自体が、指針の水準を満たしていない。先ほど引いた指針 一(一)は「一般的かつ合理的に想定できる程度に具体的に明示」を求めている。口頭で「社内の人間に5分ほど電話」とだけ言われた状態は、誰に何をどこまで聞くのかが確定していない。「同意書を読め」というアドバイスは、同意書が出てくる前提に立っている。
**二つ目。「同僚や同期でも構わない」は、在職中の人間には解決策にならない。**これは配慮のつもりで示された選択肢だったと思う。だが在職中の求職者にとっては、それこそが現職に露見する経路である。気を許した相手であるほど、その人を巻き込むことになる。
**三つ目。見るべきは書面ではなく、タイミングと、誰が何を先送りにしたかだった。**告げられたのは二次通過後、つまり面接を重ねて引き返しにくくなった地点である。そして懸念を伝えたときに返ってきたのは、解決ではなく「通過してから相談しましょう」という順序の後ろ倒しだった。
条件を検討させないまま次の選考に進ませる形になっている。指針 一(六)ロが想定している場面に近いと私は感じたが、個別の事案が違法かどうかを私が判断することはできない。ここでは「指針はこう定めている」「私の場合はこうだった」を並べるに留めておく。
要望は伝えた。返ってきたのは、返事が無いことだった
もう一つ、別の会社での話を書く。
在職中に活動するにあたって、私はまずエージェントの**レジュメ非公開機能(ブロック企業リスト)**を使った。現職の会社はもちろん、現職の主な取引先まで、あらかじめ多数登録しておいた。建設業は横に繋がっているので、現職だけブロックしても足りないと考えたからである。
そのうえで、リファレンスチェックを希望する応募先があったとき、エージェントに明確に要望を伝えた。**「内定が出るまでは、現職への連絡やリファレンスチェックは行わないでほしい」**と。
結果はこうなった。
エージェント側がこの要望を応募企業にどう伝えたのか、企業側がどう回答したのかについて、明確なフィードバックは得られなかった。
拒否されたのではない。伝わったかどうかも、相手が何と答えたかも、返ってこなかった。だから私は、在職中の段階でリファレンスチェックが必須になる企業については、リスクを避けて選考の途中で辞退することにした。選考の途中で降りることと、内定を受けてから辞退することは重さが違う。後者については施工管理の内定取消に書いた。
このサイトで何度か書いていることだが、求人票にも内定通知にも書かれていない情報は、相手の反応から読むしかない。**そして無反応も、反応のひとつである。**要望を投げたときに何が返ってくるか、あるいは返ってこないかは、その会社とその担当者を測る材料になる。
エージェントを複数使っておくと、こういうときに比較ができる。同じ要望を伝えて、片方は企業に確認して回答を持って帰り、もう片方は何も返ってこない、ということが起きる。選び方は施工管理の転職エージェントを複数使うべき理由と選び方に書いた。
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違法だが、行政の強制力は弱い。ただし漏らす側には罰金がある
では、応募先が同意なく前職に照会したとして、何が起きるのか。条文を追うと、構造はねじれている。
**申告はできる。**職業安定法第48条の4第1項は、求人者の違反も対象に含めている。
…職業紹介事業者、求人者、…がこの法律の規定又はこれに基づく命令の規定に違反する事実がある場合においては、…当該募集に応じた労働者…は、厚生労働大臣に対し、その事実を申告し、適当な措置を執るべきことを求めることができる。
**しかし改善命令は届かない。**第48条の3第1項の名宛人は「職業紹介事業者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者又は労働者供給事業者」で、**求人者が入っていない。**同条第2項の求人者向け勧告も、対象となる違反は第5条の3第2項・第3項と第5条の6第3項に限られており、第5条の5違反は含まれていない。
つまり求人者の第5条の5違反に対して行政が使えるのは、指導・助言(第48条の2)と申告(第48条の4)までである。
**一方で、漏らす側には罰則がある。**第51条第1項は求人者を名宛人に明記している。
職業紹介事業者、求人者、…並びにこれらの代理人、使用人その他の従業者は、正当な理由なく、その業務上取り扱つたことについて知り得た人の秘密を漏らしてはならない。
この違反は第66条第11号により30万円以下の罰金、第67条には両罰規定がある。
応募先が選考の過程で知り得たことを業界内に漏らす行為は、ここに当たりうる。**「違法だが強制力は弱い、ただし漏らせば罰金がある」**という非対称を、知っておく価値はある。
そもそも、在籍実態は制度の側で確認できる
最後に、施工管理という職種の固有事情を書いておく。
国土交通省の「監理技術者制度運用マニュアル」(令和7年2月1日施行改正版)は、配置技術者の雇用関係について、確認の方法まで定めている。
直接的な雇用関係は、資格者証の写し、市区町村が作成する住民税特別徴収税額通知書の写し、健康保険・厚生年金被保険者標準報酬決定通知書の写し、所属会社の雇用証明書の写し又はこれらに準ずる資料によって建設業者との雇用関係が確認できることが必要である。
さらに、資格者証そのものが記録になっている。
資格者証には所属建設業者名が記載されており、所属建設業者名の変更があった場合には、三十日以内に指定資格者証交付機関に対して記載事項の変更の届出又は新たな資格者証の交付を受けなければならない
公共工事についてはこうある。
所属建設業者から入札の申込のあった日…以前に三ヶ月以上の雇用関係にあることが必要である。
つまり施工管理の所属は公的な記録に残り、変更には30日以内の届出義務があり、公共工事では3か月の在籍が要件になる。在籍と資格については、前職に電話しなくても確認する手段が制度の側に用意されている。
私が受けた説明でも、リファレンスチェックの意図は「職務経歴書の内容に嘘がないかの確認」だった。だが在籍と資格の裏取りが目的なら、書類で足りるはずである。職務経歴書に書いた内容がどこから詐称になるのかは施工管理の経歴詐称で扱った。
そうすると、わざわざ前職の人間に電話して聞きたいのは、在籍でも資格でもなく評判だということになる。この区別は、告げられたときに自分で持っておいたほうがいい。
なお、厚生労働省は採用選考について、「身元調査などの実施」を就職差別につながるおそれのある方法として名指ししている(厚生労働省「採用選考時に配慮すべき事項」)。
まとめ
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リファレンスチェックの実施率で一次確認できるのは41%(エンワールド・ジャパン2021年発表・303社)のみ。対象は外資系とグローバル日系に限られ、建設業の業種別データは見つからなかった
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規律は二本立て。集める側(応募先=求人者)は職業安定法5条の5+大臣指針で、本人以外から集めるなら本人の同意が要件。答える側(前職)は個人情報保護法27条
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ただし個人情報保護委員会のQ&Aは「個人データになっている場合」と条件を付けている。人事担当者の記憶による口頭回答は27条の射程から外れうる。その穴を塞いでいるのは集める側の規律のほう
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大臣指針は「必要な範囲を超える収集への同意を、採用の条件としないこと」を名指しし、同意の明示は「一般的かつ合理的に想定できる程度に具体的に」と定める
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**私の場合、同意書は出てこなかった。**告げられたのは二次面接通過後(最終面接の前)で、口頭の説明のみ。範囲の書面提示は最後まで無かった
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「同僚や同期でも構わない」という配慮は、在職中の求職者には現職に露見する経路そのものになる
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懸念を伝えたときに返ってきたのは「ひとまず二次面接を通過してから改めて相談しましょう」だった。解決ではなく順序の後ろ倒しである
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別の会社では、エージェント経由で「内定まで現職に連絡しないでほしい」と要望したが、伝わったかも企業の回答も返ってこなかった。無反応も反応のひとつで、相手を測る材料になる
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行政の強制力は非対称。求人者の5条の5違反に改善命令は及ばず、指導・助言と申告まで。一方で秘密を漏らせば30万円以下の罰金(51条1項・66条11号)と両罰規定がある
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施工管理の在籍と資格は制度の側で確認できる(資格者証への所属建設業者名記載・30日以内の変更届出・公共工事の3か月在籍要件)。前職に聞きたいのは在籍でも資格でもなく評判である
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リファレンスチェックの拒否が内定にどう影響するかを直接定めた条文・指針・裁判例は、確認できなかった