内定が出て、入社手続きの書類が届く。そのなかに身元保証書が入っていることがある。
会社の書式によっては、保証人の欄に署名や押印を求められる。親か、兄弟か、配偶者の親か。誰かに頭を下げなければならない。転職の手続きのなかで、気が重い部類の書類である。
この書類には、93年前に作られた6か条の法律と、2020年に変わった民法の規定が同時にかかっている。そして厚生労働省の出先機関は、企業に対して「できる限り身元保証人を求めないようにしましょう」と書いている。
この記事では、その2つの法律を条文で確認したうえで、行政の資料が企業に何を呼びかけているかまで見る。結論から書くと、この書類は制度の面でも、行政資料が示す方針の面でも、後退している側にある。
なお、この記事は法律相談ではない。個別の契約の効力は事実関係で変わる。
身元保証には、専用の法律が今も生きている
身元保証ニ関スル法律(昭和8年法律第42号)という。文語体のカタカナのまま現行法である。全部で6か条しかないので、順に見ていく。
期間には上限がある
第一条 引受、保証其ノ他名称ノ如何ヲ問ハズ期間ヲ定メズシテ被用者ノ行為ニ因リ使用者ノ受ケタル損害ヲ賠償スルコトヲ約スル身元保証契約ハ其ノ成立ノ日ヨリ三年間其ノ効力ヲ有ス但シ商工業見習者ノ身元保証契約ニ付テハ之ヲ五年トス
第二条 身元保証契約ノ期間ハ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ若シ之ヨリ長キ期間ヲ定メタルトキハ其ノ期間ハ之ヲ五年ニ短縮ス ② 身元保証契約ハ之ヲ更新スルコトヲ得但シ其ノ期間ハ更新ノ時ヨリ五年ヲ超ユルコトヲ得ズ
読み違えやすいので分けておく。3年は「期間を定めなかった場合」の効力である。「身元保証は3年で切れる」と一律に言えるわけではない。期間を定めれば5年まで有効で、更新もできる(更新後も5年が上限)。
また1条ただし書は、商工業見習者について5年としている。
会社には通知義務があり、保証人には解除権がある
ここは、書類を出す側があまり説明しない部分である。
第三条 使用者ハ左ノ場合ニ於テハ遅滞ナク身元保証人ニ通知スベシ 一 被用者ニ業務上不適任又ハ不誠実ナル事跡アリテ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ惹起スル虞アルコトヲ知リタルトキ 二 被用者ノ任務又ハ任地ヲ変更シ之ガ為身元保証人ノ責任ヲ加重シ又ハ其ノ監督ヲ困難ナラシムルトキ
第四条 身元保証人前条ノ通知ヲ受ケタルトキハ将来ニ向テ契約ノ解除ヲ為スコトヲ得身元保証人自ラ前条第一号及第二号ノ事実アリタルコトヲ知リタルトキ亦同ジ
3条は会社側の義務である。本人の義務ではない。そして2号は「任務又ハ任地ヲ変更シ」——つまり担当や勤務地が変わって保証人の責任が重くなる場合を含んでいる。現場が変わることが常態の職種では、実務上の意味がある条文だ。
4条の解除は「将来ニ向テ」である。すでに発生した責任まで消えるわけではない。
裁判所は事情を斟酌する。保証人に不利な特約は無効になる
第五条 裁判所ハ身元保証人ノ損害賠償ノ責任及其ノ金額ヲ定ムルニ付被用者ノ監督ニ関スル使用者ノ過失ノ有無、身元保証人ガ身元保証ヲ為スニ至リタル事由及之ヲ為スニ当リ用ヰタル注意ノ程度、被用者ノ任務又ハ身上ノ変化其ノ他一切ノ事情ヲ斟酌ス
第六条 本法ノ規定ニ反スル特約ニシテ身元保証人ニ不利益ナルモノハ総テ之ヲ無効トス
5条は裁判所の裁量を定めた規定である。「裁判所が必ず減額してくれる」という意味ではない。ただし、会社側の監督の過失が斟酌の対象に入っている点は押さえておきたい。
6条は片面的強行規定である。この法律より保証人に不利な特約を書いても、その部分は効力を持たない。
2020年に、もうひとつの条文が重なった
ここからが、この書類をめぐって近年変わった部分である。
2020年4月1日に施行された改正民法に、次の規定が入った。
(個人根保証契約の保証人の責任等) 第四百六十五条の二 一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(以下「根保証契約」という。)であって保証人が法人でないもの(以下「個人根保証契約」という。)の保証人は、…その全部に係る極度額を限度として、その履行をする責任を負う。 2 個人根保証契約は、前項に規定する極度額を定めなければ、その効力を生じない。
法務省のパンフレットは、この規定をこう説明している。
1 極度額(上限額)の定めのない個人の根保証契約は無効 個人(会社などの法人は含まれません)が保証人になる根保証契約については、保証人が支払の責任を負う金額の上限となる「極度額」を定めなければ、保証契約は無効となります。この極度額は書面等により当事者間の合意で定める必要があります。 極度額は、「○○円」などと明瞭に定めなければなりません。
(法務省民事局参事官室「2020年4月1日から 保証に関する民法のルールが大きく変わります」平成30年3月発行・https://www.moj.go.jp/content/001399956.pdf )
身元保証書は、入社時点でいくらの損害が発生するか分からないまま、将来の損害賠償債務を保証させるものである。「一定の範囲に属する不特定の債務」という定義に当たると考えれば、極度額の定めが必要になる。
法務省の資料には、雇用の身元保証の例示が無い
ここは正確に書いておきたい。
先の法務省パンフレットが根保証契約の具体例として挙げているのは、次の3つである。
①子どもがアパートを賃借する際に、その賃料などを大家との間で親がまとめて保証するケース ②会社の社長が、会社の取引先との間で、その会社が取引先に対して負担する全ての債務をまとめて保証するケース ③親を介護施設に入居させる際に、その入居費用や施設内での事故による賠償金などを介護施設との間で子どもがまとめて保証するケース
雇用の身元保証は入っていない。
雇用の身元保証を具体例として挙げている公的機関の発行物としては、独立行政法人国民生活センターの『国民生活』2023年11月号に載った解説記事がある。
「根保証契約」とは、一定の範囲に属する不特定の債務を主たる債務とする保証契約(465条の2第1項)のことで、具体例として、不動産賃貸借における賃借人の保証、入院保証、雇用契約の際の身元保証などがあります。
(誌上法学講座「これだけは押さえておきたい改正民法(債権法)」弁護士 上田孝治・https://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-202311_12.pdf )
ただしこれは弁護士個人による解説であって、行政解釈ではない。法務省の資料だけを見るかぎり、雇用の身元保証への適用は明示されていない。
だが行政は、雇用の身元保証について明記している
法務省の資料には無いが、厚生労働省の出先機関と東京都は、雇用の身元保証を名指しで扱っている。
東京労働局・ハローワークが企業向けに出している『採用と人権』は、「◎身元保証について」という項目を立てたうえで、こう書いている。
令和2年4月1日より「民法の一部を改正する法律」が施行されたことにより、令和2年4月以降に締結する保証契約については、保証人が賠償支払の責任を負う金額の上限となる「極度額」を定めなければ、保証契約は無効となります。この極度額は書面等により当事者間の合意で定める必要があり、「○○円」などと明確に定めなければなりません。
(東京労働局・ハローワーク『採用と人権』2026年版 P.116・https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-hellowork/content/contents/002597491.pdf )
東京都が就職活動者向けに出している『就活必携・労働法』も、「身元保証契約について」の項目で同じことを書いている。
しかし、身元保証人が労働者の行為全てに対して責任を負うというのでは、負担が重すぎるため、「身元保証ニ関スル法律」によって、身元保証人の責任は限定的なものとされています。また、本契約書には極度額(損害賠償における上限額)を定める必要があります。
(東京都産業労働局『就活必携・労働法』・https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/shiryo/r7_zenbun2_shukatsuhikkei.pdf )
したがって、極度額の定めが必要であることは、行政の資料で確認できる。法務省のパンフレットに例示が無いことは、適用が無いという意味ではなかった。
行政の資料は企業に「できる限り求めないように」と呼びかけている
ここが、この書類の位置づけを一番はっきり示している部分である。
先の東京労働局の資料は、企業に向けてこう書いている。
企業によっては、労働者が使用者に損害を与えた場合に、その賠償義務を保証させるため、入社時に身元保証書を要求する場合があります。しかし、応募者からみれば、身元保証人が確保できなければ採用されないという点で就職活動を行いにくくなります。また、企業からみても、近年、身元保証人を引き受ける人も少なくなり、応募者が集まりにくくなる場合があります。募集の際は応募者に広く門戸を開く観点から、できる限り身元保証人を求めないようにしましょう。
身元保証書を提出させている場合は、その必要性について十分に再検討していただき、提出させる場合でも、労働者の人権を十分に尊重することが必要です。必要以上に労働者に不安感を与えることのないようにしてください。
企業向けの公的な冊子が、求めるのをやめる方向で検討するよう呼びかけている。しかも理由として、応募者側の負担だけでなく「応募者が集まりにくくなる」という採用側の不利益まで挙げている。
そして東京都の資料は、求職者側に向けてこう書いている。
身元保証契約は労働契約とは別個のものであって、労働契約にあたって必ず締結しなければならないものではありません。実際には入社時に提出を断るのは難しいかもしれませんが、身元保証書を提出したとしても、「身元保証ニ関スル法律」に反する請求が無効になることは覚えておきましょう。
効くのは、いつ締結したかで決まる
射程の問題がひとつある。基準は契約をいつ締結したかである。
民法の一部を改正する法律の附則21条は、こう定めている。
(保証債務に関する経過措置) 第二十一条 施行日前に締結された保証契約に係る保証債務については、なお従前の例による。
施行日は2020年4月1日である。したがって、それより前に締結した身元保証契約には、極度額のルールは及ばない。
逆に言えば、2020年4月1日以降に締結したものであれば対象になる。転職の入社手続きで新しく書く場合はもちろん、いまの会社で契約を結び直した場合も同じである。「転職のときだけの話」ではない。
何を確認するか
書類が手元にある人向けに、条文から導ける確認項目を並べる。
期間と極度額は、書いてあるかどうかを見るだけで済む。専門知識は要らない。
そして控えである。身元保証書は保証人に署名させて会社に渡す書類なので、手元に何も残らないまま数年が過ぎることになりやすい。3条の通知義務も4条の解除権も、契約の中身を知らなければ使いようがない。
私は、一度も求められたことがない
ここから私自身の話をする。
正直に書くと、私は入社の手続きで身元保証書を求められた経験がない。確実に言えるのは、就職2回と転職1回で実際に入社した3社では求められなかったということだけである。内定が出た会社はほかに2社あるが、入社手続きまで進んでいないので、求められたかどうかは分からない。この記事の中心にある局面を、当事者として通っていない。
この経験から一般化できることは、ほとんど無い。3社という母数は小さいし、業種も偏っている。「身元保証書は求められないのが普通だ」と言うつもりはない。
ただ、ひとつだけ言えることがある。身元保証書は、内定が出れば必ず出てくる書類ではない。求める会社と、求めない会社がある。
そのうえで、これは私の読みにすぎないと断ったうえで書く。もし身元保証書を出されたら、私は少し不安を覚えると思う。
なぜかというと、自社の面接がきちんと人を選べているかどうかに自信がないときに、こういうものを出してくるのではないかと考えてしまうからである。採用の判断で見きれない部分を、第三者の署名で埋めようとしているのではないか、と。
これを裏づける資料は無い。あくまで、書類を受け取る側としての受け取り方である。
極度額欄が無ければ、それは確認するきっかけになる
私の読みが当たっているかどうかは別として、この書類には、その場で見れば分かる部分がある。
極度額の欄があるかどうかである。
民法が変わったのは2020年4月1日で、この記事を書いている時点で5年以上が経っている。それでも極度額欄のない身元保証書が出てくることはある。ただし、欄が無いことだけから理由までは分からない。書式を見直していないのか、必要だと考えていないのか、別の書面で定めているのか——欄の有無では区別がつかない。
だからここで言えるのは、現行のルールに合っているかを会社に確認するきっかけになる、ということまでである。行政資料が「極度額を定めなければ無効」と明記している以上、聞くこと自体に無理はない。
これは、条件面談で聞ける類の情報ではない。求人票にも書かれていない。渡された紙を見て初めて出てくる種類の確認事項である。
同じことは他の入社書類にも言える。内定通知書に取消事由がどう書かれているかは内定取消の記事で、試用期間の定めがどう書かれているかは試用期間の記事で、それぞれ扱った。公共工事の配置技術者として入社日を急がれる場合の背景は入社日と専任義務の記事にある。
なお、退職時に出される競業避止義務や秘密保持の誓約書は、身元保証書とは別の書類である。こちらは競業避止義務の記事で扱っている。
まとめ
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身元保証には身元保証ニ関スル法律(昭和8年法律第42号)という専用の法律があり、文語体のまま現行法である
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期間を定めなければ3年(商工業見習者は5年)、定めても5年が上限。更新は可能だが更新時から5年を超えられない
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会社には、業務上不適任・不誠実な事跡を知ったときや、任務・任地の変更で保証人の責任が重くなるときに、遅滞なく保証人へ通知する義務がある(3条)。通知を受けた保証人は将来に向かって解除できる(4条)
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裁判所は使用者の監督の過失の有無を含む一切の事情を斟酌して責任と金額を定める(5条)。必ず減額されるという意味ではない
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この法律より保証人に不利な特約は無効(6条)
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2020年4月1日から、個人根保証契約は極度額を定めなければ効力を生じない(民法465条の2第2項)。法務省のパンフレットは根保証の例に雇用の身元保証を挙げていないが、東京労働局『採用と人権』と東京都『就活必携・労働法』は、雇用の身元保証について極度額が必要であることを明記している
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適用の基準は契約をいつ締結したか。改正法附則21条により、施行日(2020年4月1日)前に締結した保証契約には及ばない。転職時に限らず、以降に締結・締結し直したものは対象になる
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企業向けの公的資料は「できる限り身元保証人を求めないようにしましょう」と呼びかけている。理由には応募者の負担だけでなく「応募者が集まりにくくなる」という採用側の不利益も挙げられている
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東京都の資料は、身元保証契約は労働契約とは別個のもので、必ず締結しなければならないものではないと書いている
読むのに専門知識は要らない。期間と金額の欄を見るだけである。そして欄が無ければ、現行のルールに合っているかを確認するきっかけになる。