内定が出る。条件面の話が終わる。そして最後に、こう言われる。
「1ヶ月でも早く来ていただけませんか」
熱意として受け取る人が多い。実際、熱意であることも多い。ただし建設業には、入社日が会社側の都合に直結しうる場面が一つある。あなたを公共工事の専任技術者等として配置する予定がある場合、雇用期間そのものが要件になっているからだ。
この記事では、その仕組みを条文と国土交通省の運用資料で確認する。そのうえで、入社日は動かせるという話をする。
先に、私の場合を書いておく
私が転職したとき、内定先からは「1ヶ月でも早く来てほしい」と言われた。
私は交渉した。退職する会社との今後の関係も、引き継ぎも、責任を果たしたうえで辞めたかったからだ。結果として、先方が本来希望していた11月入社を、1ヶ月後ろにずらして12月入社にしてもらった。
実際のスケジュールはこうなった。
断っておくと、私の入社日交渉に建設業法は関係ない。私は施工管理の現場を経験していないし、監理技術者として配置されたこともない。先方が急いだ理由も、これから書くような制度上の事情ではなかったはずだ。押し返した理由は「引き継ぎの責任を果たしたい」という、それだけである。
それでも一つ言えることがある。入社日は動く。そして押し返す理由は、自分の責任範囲の話で足りた。
建設業の場合、ここに会社側の事情がもう一枚乗ることがある。それを知っておくと、交渉の性質が変わる。
公共工事の専任技術者等には「入札の3ヶ月前から雇用されていること」という要件がある
国土交通省の運用資料が、適用範囲まで含めてはっきり書いている。
特に国、地方公共団体及び公共法人等が発注する建設工事(以下「公共工事」という。)において、発注者から直接請け負う建設業者の専任の主任技術者、専任の監理技術者、特例監理技術者又は監理技術者補佐については、所属建設業者から入札の申込があった日(指名競争に付す場合であって入札の申込を伴わないものにあっては入札の執行日、随意契約による場合にあっては見積書の提出のあった日)以前に3ヶ月以上の雇用関係にあることが必要です。
出典は『監理技術者制度運用マニュアル』二-四(3)で、上記は国土交通省近畿地方整備局が公表している建設業法令遵守ガイドライン等資料(最終改訂 令和7年4月)からの引用である。
適用範囲を正確に押さえてほしい。この要件がかかるのは、次のすべてに当てはまる場合である。
民間工事の話ではないし、建設業のすべての採用に当てはまる話でもない。
そのうえで、この範囲に入る場合はこうなる。あなたを公共工事の専任技術者等として立てる予定があるなら、入社日が1ヶ月ずれれば、その会社が「あなたを立てて入札できる日」も1ヶ月ずれる。
会社が具体的な案件を見据えているなら、「1ヶ月でも早く」は情熱の表現ではなく、逆算された日付でありうる。
一般的な転職
- 入社日が1ヶ月遅れると業務開始が1ヶ月遅れる
- 会社が急ぐ理由欠員・繁忙
公共工事の専任候補として採用される場合
- 入社日が1ヶ月遅れると入札に立てられる日も1ヶ月遅れうる
- 会社が急ぐ理由上記に加えて受注機会
「在籍していること」は、複数の資料で確認される
次に押さえるべきなのは、雇用関係の中身が問われるという点だ。同じ資料が、認められない配置を名指ししている。
監理技術者等については、工事を請け負った企業との直接的かつ恒常的な雇用関係が必要とされています。したがって、以下のような技術者の配置は、直接的かつ恒常的な雇用関係にあるとは言えないため認められません。①直接的な雇用関係を有していない場合(在籍出向者や派遣社員など)②恒常的な雇用関係を有していない場合(一つの工事の期間のみの短期雇用)
そして、その確認方法も書かれている。
直接的な雇用関係については、監理技術者資格者証の写し、市区町村が作成する住民税特別徴収税額通知書の写し、健康保険・厚生年金被保険者標準報酬決定通知書の写し、所属会社の雇用証明書の写し又はこれらに準ずる資料によって建設業者との雇用関係が確認できることが必要です。
押さえるべきは次の3点である。
つまり「在籍していることにしておく」は、制度上の要件を満たさず、適法な技術者配置として認められない。在籍出向者や派遣社員が明示的に除かれており、一つの工事の期間だけの短期雇用も除かれている以上、名義だけの配置がこの要件を通ることはない。
なぜ会社は、人の「在籍」をここまで欲しがるのか
理由は建設業法の構造にある。資格は個人に付き、義務は会社に課される。
まず、会社は工事現場に技術者を置かなければならない。
建設業者は、その請け負つた建設工事を施工するときは、当該建設工事に関し第七条第二号イ、ロ又はハに該当する者で当該工事現場における建設工事の施工の技術上の管理をつかさどるもの(以下「主任技術者」という。)を置かなければならない。(建設業法26条1項)
一定規模以上では監理技術者になり(26条2項)、公共性のある重要な建設工事では、その技術者は専任でなければならない。
公共性のある施設若しくは工作物又は多数の者が利用する施設若しくは工作物に関する重要な建設工事で政令で定めるものについては、前二項の規定により置かなければならない主任技術者又は監理技術者は、工事現場ごとに、専任の者でなければならない。(建設業法26条3項)
さらに現場だけの話ではない。営業所にも技術者が要る。しかもそれは、許可の基準である。
その営業所ごとに、営業所技術者(…)を専任の者として置く者であること。(建設業法7条2号)
営業所技術者を置けなければ、許可業者としての許可基準を満たせない。そして許可が無ければ、許可が必要な建設工事を営めない——建設業法3条1項は許可を義務づけつつ、ただし書で「政令で定める軽微な建設工事のみを請け負うことを営業とする者は、この限りでない」と例外を置いている。したがって「許可が無ければ一切営業できない」わけではないが、許可業者として事業を続けるための重要な条件であることに変わりはない。
一方で、資格は会社のものにならない。監理技術者資格者証は個人の申請により個人の氏名で交付され、有効期間は5年である(建設業法27条の18)。会社が代わりに持つことはできない。
会社
- 技術者を置く義務ある(26条・7条2号)
- 資格者証の名義持てない
- 置けなかった場合許可基準・受注に影響
あなた
- 技術者を置く義務ない
- 資格者証の名義個人の氏名で交付される
- 置けなかった場合資格は残る
この非対称が、転職市場で会社があなたを急かす力の正体である。あなたが持っているものを、会社は自分では作れない。
「名前だけ貸してほしい」と言われたら
同じ構造の、悪質な側の話をする。
在籍の実体を伴わずに技術者として届け出る。他社の現場に配置されているのに書類上は自社にいることにする。工事の期間だけ雇う。いずれも先ほどの「直接的かつ恒常的な雇用関係」の要件を満たさず、適法な技術者配置として認められない配置である。
これに応じたとき、誰が何を失うのか。
会社側は、建設業法28条により国土交通大臣または都道府県知事から必要な指示を受けうる立場になる。指示に従わなければ、同条3項により1年以内の期間を定めて営業の全部または一部の停止を命じられることがある。
あなたの側で起きるのは、名前と資格が制度上の手続きに組み込まれることだ。建設業法26条2項は、監理技術者を「当該工事現場における建設工事の施工の技術上の管理をつかさどるもの」と定めている。専任を要する監理技術者は資格者証の交付を受け講習を受講した者から選任され(同26条5項)、選任されれば、発注者から請求があったときに資格者証を提示する立場になる(同26条6項)。
つまり実体を伴わない配置に応じるということは、技術上の管理をつかさどる者として届け出られたうえで、求められれば自分の資格者証を提示する側に回るということである。
「形だけ」「今回だけ」という言葉が出たら、要件を満たさない配置を疑う合図として扱ってよい。相手が何を分かって言っているかまでは分からないが、確認する理由にはなる。
それでも、入社日は交渉できる
ここまで会社側の事情を書いてきたが、結論は最初に書いたとおりだ。入社日は動く。
会社が急ぐ理由に制度上の裏づけがあるなら、なおのこと、それを口に出させたほうがいい。「なぜその日なのか」と聞けば、返ってくる答えは三つに分かれる。
これは相手を試す質問ではない。同じ理由を、あなたも持っているからだ。引き継ぎを終える、後任に渡す、区切りをつけて辞める——私が押し返したときの理由はそれだけだったし、それで通った。
そして、この問いかけに会社がどう応じるかは、それ自体が判断材料になる。日程の事情を具体的に説明できるのか、根拠を示さずに期日だけを繰り返すのか。入社日の相談ひとつに対する応じ方は、入社後の交渉の進み方を見る材料になる。
まとめ
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公共工事で、発注者から直接請け負う建設業者の専任の技術者等として配置される場合、入札申込日以前に3ヶ月以上の雇用関係が必要とされている(監理技術者制度運用マニュアル二-四(3))。この範囲に入るなら、会社の希望入社日に影響することがある。民間工事や建設業の採用一般の話ではない
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直接的な雇用関係は資格者証・住民税・社会保険・雇用証明書など複数の資料で確認される。在籍出向者・派遣社員・一つの工事期間だけの短期雇用は要件を満たさず、書類上の在籍だけでは認められない
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会社は技術者を置けなければ許可基準を満たせない(建設業法7条2号・26条)。一方で資格者証は個人の氏名で交付される。この非対称が交渉の下地になる
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名義だけの配置に応じれば、会社は指示処分・営業停止の対象になりうる(同28条)。あなたは技術上の管理をつかさどる者として届け出られ(同26条2項)、選任されれば発注者の請求に応じて資格者証を提示する立場になる(同26条5項・6項)
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入社日は動く。押し返す理由は「引き継ぎの責任を果たす」で足りる
入社日を交渉するとき、相手の事情を知っているかどうかで会話の質が変わる。急かされていると感じたら、まず理由を聞くことだ。