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編集部調査報告書

退職・判断

調査番号
R-article-109
公開日
2026-08-08

施工管理の競業避止義務|誓約書は1年でも無効になり得る

退職を伝えたあとに、紙が出てくることがある。「退職後1年間は同業他社に就職しません」。目の前で差し出され、その場でサインを求められる。

読まずに書いた人も、読んで固まった人もいるはずだ。現場で積んだ経験をそのまま活かせる転職先を探すなら、行き先は同業に寄る。同業他社への就職を丸ごと禁じられれば、選べる範囲はそのぶん狭くなる。

ただし、この誓約書は書いた時点で全部が効くわけではない。効く場合と効かない場合の線引きは、国が50以上の判例を整理した資料の中にはっきり書かれている。ここでは、その線引きを一次資料で確認する。

そのうえで、もうひとつ書いておきたいことがある。私が近くで見た一件では、この紙について交渉できる場面は、退職を告げた時点でもう残っていなかった

会社が縛りたがるのは、気のせいではない

まず、なぜ退職時にこの紙が出てくるのかを数字で見ておく。

厚生労働省の令和6年雇用動向調査によると、建設業の人の動きはこうなっている。

令和6年(2024)・就業形態計建設業産業計
入職率11.7%14.8%
うち転職入職率8.4%9.7%
離職率10.0%14.2%
入職超過率+1.7ポイント+0.6ポイント

建設業の入職率11.7%のうち、8.4%が転職入職である。つまり建設業に入ってくる人の7割前後は、新卒ではなく他社からの転職者だ。産業計より入職率も離職率も低いのに、入職超過率は産業計の3倍近い。人が動きながら、それでも増えている業界ということになる。

入ってくる人の多くが転職者である業界では、人の出入りそのものが日常的に起きている。誓約書を差し出されたとしても、それはあなたに問題があるからとは限らない。

ただし、この統計から「だから会社は誓約書を書かせる」と言い切ることはできない。示されているのは人の動きの多さであって、誓約書の運用実態ではない。

※この数字は「転職入職者が多い」ことを示すもので、「◯%が同業他社から来ている」という産業間移動の割合ではない。同一産業内の移動比率は別の統計になる。

出発点は「原則自由」の側にある

誓約書の話に入る前に、どちらが原則でどちらが例外なのかを確認しておきたい。ここを取り違えると、以降の判断がすべてずれる。

日本国憲法第22条第1項はこう定めている。

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

どこで働くかを選ぶ自由は、憲法が保障している。退職後にどの会社に入るかは、本来この自由の中にある。

一方、退職そのものについては民法第627条第1項がある。

当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。

辞めることは会社の承諾を要件としない。この点は施工管理の退職引き止め|「現場が終わるまで」に根拠はないで条文から確認した。

つまり、辞める自由も、次にどこへ行くかを選ぶ自由も、原則の側にある。誓約書はその原則に対して例外を作ろうとする文書だ。例外を作る側が、その必要性と合理性を示す立場にある。この向きを覚えておくと、紙を前にしたときの姿勢が変わる。

そして民法第90条は、次のように定めている。

公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。

裁判所が退職後の競業避止条項を無効と判断するとき、根拠として使われるのがこの条文である。契約書にサインがあっても、内容が行き過ぎていれば効力を持たない。

国が50以上の判例から整理した6つの要素

では、どこからが行き過ぎなのか。

経済産業省の「秘密情報の保護ハンドブック」には、参考資料5「競業避止義務契約の有効性について」という文書が付いている。これは平成24年度の経済産業省委託調査「人材を通じた技術流出に関する調査研究」で、有識者の委員会が関連する50以上の判例をもとに討議しとりまとめた報告書の抜粋であることが、資料の冒頭に明記されている。

この資料は、裁判所が有効性を判断するときのポイントを6つ挙げ、末尾で「有効性が認められる可能性が高い規定」「認められない可能性が高い規定」を箇条書きにまとめている。手元の紙をそのまま当てはめられる形にすると、こうなる。

6要素有効になりやすい認められにくい
①守るべき企業の利益営業秘密等、守るべき利益が実在する
②従業員の地位その利益に関係する業務をしていた特定の者が対象業務内容等から競業避止義務が不要な従業員と契約している
③地域的限定職業選択の自由を阻害する広汎な地理的制限
④存続期間1年以内2年超
⑤禁止行為の範囲業務内容や職種等によって限定している一般的・抽象的な文言
⑥代償措置高額な賃金など「みなし代償措置」を含めて設定がある設定されていない

資料は①を前提としたうえで、②〜⑥について「目的に照らして合理的な範囲に留まっているか」が判断されると整理している。期間については「概して1年以内の期間については肯定的に捉えられている」一方、「特に近時の事案においては、2年の競業避止義務期間については、否定的な判断がなされる例が見られる」。代償措置については「裁判所が重視していると思われる要素」であり、「代償措置と呼べるものが何も無い場合には、有効性を否定されることが多い」と書かれている。

引用されている古い判例(奈良地判 昭和45年10月23日)は、競業避止義務契約を「債権者の利益、債務者の不利益及び社会的利害に立って、制限期間、場所的職種的範囲、代償の有無を検討し、合理的範囲において有効」としている。50年以上前の判決だが、今も参照され続けている枠組みだ。

手元の紙を、この表に当てはめてみてほしい。多くの誓約書は、期間だけが具体的で、あとは「同業他社」「競合会社」といった言葉で埋まっている。

「1年」でも無効と判断された事案がある

ここが、この記事でいちばん伝えたいところだ。

期間が1年と書いてあると、基準内だから効くのだろうと考えたくなる。実際、資料も1年以内は肯定的に捉えられていると書いている。だが期間だけを見て諦める必要はない

参考資料5には、建設業に隣接する業種の事案が引用されている。建築資材の製造・販売・リース業をめぐる大阪地裁平成24年3月9日の判決である。

裁判所の判断は、資料にこう引用されている。

「同条項は、1年間という制限はあるものの、一般的抽象的に被告の競業・競合会社(同概念も抽象的一般的であると評価できる。)への入社を禁止しており、被告を退職した従業員に対して過大な制約を強いるものであるといわざるを得ない」

期間は1年。それでも「過大な制約」とされた。理由は期間ではなく、禁止の書きぶりが一般的・抽象的だったことにある。「競業・競合会社」という言葉自体が抽象的だ、とまで指摘されている。

この事案では代償措置についても「制約に見合う代替措置(退職慰労金の支払等)が設けられていたとは認められない」と判断されている。なお資料の脚注は、結論として有効性は否定されたが、競業避止義務期間が1年であること自体は肯定的に評価されていると補足している。

つまり、6要素は足し算で見るものであって、期間という1項目が基準内でも全体が救われるわけではない。逆に言えば、期間が1年だからといって諦める理由にもならない。

手元の紙が「同業他社」「競合する企業」といった抽象的な言葉だけで、職種も地域も限定せずに就職そのものを禁じている場合は、この事案と形が近い。建設業に隣接する業種で、その書きぶりが過大とされた判断が実在する、という事実は知っておく価値がある。

実際の判断は、こう分かれている

参考資料5に引用されている判例を、判断の分かれ目ごとに並べるとこうなる。「誓約書は全部無効」という読み方はできないことが、ここを見れば分かる。

事案(すべて参考資料5からの引用)判断のポイント結論
保険業・執行役員(東京地判 H24.1.13、東京高判 H24.6.13)6,000人の支店で20人の執行役員でも「それ以上の機密性のある情報に触れる立場にあったものとは認められない」否定
同上(代償措置)月給131万円と高額でも「競業避止条項を定めた前後において、賃金額の差はほとんどない」。部下により高給の者がいるのに彼らには定めがない否定
同上(禁止範囲)「同業務を行う生命保険会社への転職自体を禁止することは…広範にすぎる」否定
廃プラ仕入先情報(東京地判 H24.3.13)秘密管理性を欠き秘密保持義務の対象にあたらず「そもそも競業を禁ずべき前提条件を欠く」。代償措置もなく民法90条により無効否定
人材派遣業(平成24年3月15日判決)代償措置と認められるのは「月額3000円の守秘義務手当のみ」。退職後6か月間は場所的制限もなかった否定
ソフトウェア販売・導入支援(東京地判 H24.1.23)「禁止期間は5年間と長期」。地域の限定もない否定
ヴォイストレーニング(東京地判 H22.10.27)週1回のアルバイト従業員でも、独自性の高い指導ノウハウを伝授されていた有効
訪問型レンタル業(東京地判 H14.8.30)「在職時に担当したことのある営業地域(都道府県)並びにその隣接地域」への限定は「無限定とまではいえない」有効
家電量販店(東京地判 H19.4.24)地理的制限はないが全国チェーンであり「禁止範囲が過度に広範であるということもない」。退職後1年は「不相当に長いものではない」有効
街路灯販売業(東京高判 H12.7.12、東京地判 H11.10.29)「原告在職中に原告の営業として訪問した得意先に限られており、競業一般を禁止するものではない」有効

有効になった側に共通しているのは、限定が効いていることだ。担当していた地域、担当していた顧客、従事していた職種。禁止の対象が実際の業務に紐づいて絞られているほど、有効と判断されやすくなる。

否定された側から読み取れることは、三つある。

ひとつ、判断されるのは肩書きではない。保険業の事案の人物は、判決文の引用の中で「金融法人本部の本部長」とも呼ばれている。本部長でも効力は認められず、逆に週1回のアルバイトでも認められた例がある。問われているのは、実際に何に触れていたかである。

**ふたつ、経験そのものは会社の資産ではない。**同じ事案で裁判所はこう述べている。

「ここでいうノウハウとは、不正競争防止法上の営業秘密に限らず、原告が被告業務を遂行する過程において得た人脈、交渉術、業務上の視点、手法等であるとされているところ、これらは、原告がその能力と努力によって獲得したものであり、一般的に、労働者が転職する場合には、多かれ少なかれ転職先でも使用されるノウハウであって、かかる程度のノウハウの流出を禁止しようとすることは、正当な目的であるとはいえない」

段取りの組み方、職人との折衝の勘所、書類の回し方。会社の資産ではなく、あなたが自分の能力と努力で獲得したものだという整理である。なお不正競争防止法第2条第6項は、営業秘密を「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」と定義している。秘密管理性・有用性・非公知性の3つが揃って初めて営業秘密になる。

**みっつ、代償措置は「給料が高かった」では足りないことがある。**問われているのは金額ではなく、競業避止義務を課す前と後で待遇が変わったかである。役職手当や資格手当は、その役職や資格に対して払われているものであって、転職の自由を制限する対価ではない。

なお、手元の紙が効くかどうかは紙ごとに違い、最終的な判断は個別の事情を踏まえて裁判所が行う。ここに書いたのは判断の枠組みであって、あなたの誓約書の結論ではない。実際に会社と争う局面になったら、労働問題を扱う弁護士か、都道府県労働局の総合労働相談コーナーに現物を持って相談してほしい。

「違約金100万円」と書いてあったら

誓約書に金額が書かれていることがある。「違反した場合は違約金として金◯◯万円を支払う」。

労働基準法第16条を確認しておきたい。

(賠償予定の禁止)使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

労働契約の不履行について、あらかじめ違約金や損害賠償額を決めておく契約は禁止されている。金額が先に書いてある条項は、この規定に触れる可能性がある。

ただし、正確に理解しておきたい。16条が禁じているのは「あらかじめ金額を決めておくこと」であって、実際に生じた損害の賠償請求そのものを封じる条文ではない。営業秘密を持ち出して実害を与えた場合まで免責されるわけではない。

逆に言えば、営業秘密を持ち出さず、担当顧客を引き抜かず、普通に転職しただけであれば、会社側が主張できる「実際に生じた損害」は立てにくい。紙に大きな数字が書いてあることと、その数字が取れることは別の話である。

「転職先に手を回す」と言われたら

もうひとつ、圧力の形として出てくるのがこれだ。「同業に行ったら、うちが向こうに話を通す」。

労働基準法第22条第4項に、いわゆるブラックリストの禁止規定がある。

使用者は、あらかじめ第三者と謀り、労働者の就業を妨げることを目的として、労働者の国籍、信条、社会的身分若しくは労働組合運動に関する通信をし、又は第一項及び第二項の証明書に秘密の記号を記入してはならない。

ここは正確に書いておく。条文が挙げているのは国籍・信条・社会的身分・労働組合運動に関する通信であり、「転職先への申し入れ」全般を直接禁じた条文ではない。そのまま当てはまるとは限らない。それでも、就業を妨げる目的での通信を禁じる規定が労働基準法に置かれていること自体は、知っておく価値がある。無条件に許された行為ではない。

私が見たのは、交渉ではなく遮断だった

私自身は、退職のときに競業避止の誓約書を出されたことがない。だからここで書けるのは、自分が在籍していた会社で起きたことを近くで見た話になる。

当時の上長にあたる人が、競合にあたる会社へ移ることになった。本部長の職にあった人である。

退職を申し出た、その日のうちに三つのことが起きた。会社用の携帯電話の返却、パソコンの返却、そして在籍中の同僚への接近禁止。誓約書は、その場で差し出された。

内容は、期間が2年。禁止されたのは同業他社への就職ではなく、同僚と、在籍当時の取引先への接近だった。

その人はその場でサインしたと聞いている。相当に腹を立てていたが、もう諦めてサインした、と。これは私が直接見た場面ではなく、後から聞いた話である。

ここで私がつまずいたのは、その紙が「ゆるい紙」ではなかったことだ。先ほどの6要素に当てはめると、こうなる。

要素その誓約書の中身参考資料5に照らすと
②従業員の地位本部長守るべき利益に関係する立場と評価されやすい
④存続期間2年「近時は否定的な判断がなされる例が見られる」長さ
⑤禁止行為の範囲同僚・在籍当時の取引先への接近(同業他社への就職禁止ではない)対象が具体的に絞られた形式。参考資料5が有効性を認めた例は、こうした限定のあるものだった

つまりこの紙は、範囲を絞らずに就職そのものを禁じるような、緩い書きぶりではなかった。

ただし、この誓約書が実際に有効かどうかは、私には判断できない。伝え聞いた範囲で分かるのは6要素のうち②地位・④期間・⑤禁止範囲の3つだけで、①守るべき企業の利益が実在したか、③地域の限定があったか、⑥代償措置が講じられていたかは分からない。ここで言えるのは、禁止対象が限定された形式だったということまでである。

そしてもうひとつ。あれだけの紙にサインしたにもかかわらず、その後その人は、元の会社から多くの人を自分の移った会社へ連れていった。紙は、実際には人の動きを止めなかった。

念のために書いておくが、これは「サインしても守らなくていい」という話ではない。約束を破れば争いになり、そのリスクを負うのは労働者の側である。ここから読み取るべきなのは逆で、会社にとっても誓約書は万能ではないということだ。だから会社は、紙よりも先に、当日の回収と接近禁止という運用で動いた。

判断の物差しは共通だが、誰に出すかは会社による

ここまで読んで「自分のときは何も出なかった」と思った人もいるはずだ。私自身がそうだった。

まず、資料が裏づけているのは有効性の判断のほうである。競業避止義務の有効性を判断する際は、在籍中の職責や、どの情報にアクセスできる立場だったかも考慮される。参考資料5は②従業員の地位について「企業が守るべき利益を保護するために、競業避止義務を課すことが必要な従業員であったかどうか」が判断されていると整理し、有効性が認められない可能性が高い規定の筆頭に「業務内容等から競業避止義務が不要である従業員と契約している」ことを挙げている。

**一方、実際にどの従業員へ書面を提示するかは、会社の運用によって異なる。**どういう会社がどの範囲の従業員に出しているのかを示す公表資料は、私が探した限り見つからなかった。だから「任されていた人には必ず出る」とも「一般職には出ない」とも書けない。

施工管理に置き換えて言えるのはここまでだ。担当者として現場に入っていた時期と、所長として元請や発注者と直接やり取りしていた時期と、支店で見積や協力会社の単価に触れていた時期とでは、①守るべき企業の利益との関わり方が違う。同じ会社にいた同じ人でも、時期によって有効性の判断が変わりうる

なお、個別の紙が出なかったとしても、入社時に何にサインしたかは別に残っている。自分の会社がどうなっているかは、就業規則と入社時の書面を見ないと分からない。

ひとつ注意しておきたいのは、禁止の対象が具体的に書かれているほど、6要素の判断では有効と評価されやすい方向に働くということだ。これは前掲の判例の傾向から言えることで、「自分は立場があったから、その分ゆるく扱われるはずだ」という期待は成り立たない。

少なくともこの会社では、告げた後に交渉の余地はなかった

「その場でサインせず、持ち帰って範囲の修正を求めましょう」——これが定石に見える。私も最初はそう書くつもりだった。

だが、私が見た場面はそうなっていなかった。退職を申し出た当日に、携帯とパソコンを回収され、同僚に近づくなと言われた状態で、紙を渡される。本部長の職にあった人ですら、怒りながら諦めてサインしている。

これはこの会社の、この一件でそうだったという話にすぎない。持ち帰りに応じる会社もあるだろうし、私はそれを確かめていない。だから「交渉はできない」と一般化するつもりはない。

そのうえで言えることは二つある。

**ひとつ。その場で署名を求められても、持ち帰って読むことは検討してよい。**内容に納得できない、あるいは意味が分からないまま署名を迫られているなら、労働問題を扱う弁護士や、都道府県労働局の総合労働相談コーナーに現物を持って相談する道がある。署名の場でその判断ができるかどうかは状況によるが、選択肢として存在することは知っておいたほうがいい。

**ふたつ。交渉の余地を残したいなら、告げる前にできることがある。**少なくともこちらは、相手の出方に左右されない。

まず、**入社時に書いた誓約書を今のうちに確認しておくこと。**入社時にも同種の書面を取っている会社であれば、退職時の紙はその延長として出てくる。在職中なら、コピーを求めても不自然ではない。

次に、**就業規則の該当条項を在職中に読んでおくこと。**参考資料5は、労働法との関係におけるポイントとして、就業規則に規定する場合は「個別契約による場合がある旨を規定しておく」こと、入社時の誓約書を通じて包括同意を得るとともに「十分な周知を行う」ことを挙げている。周知されているはずのものを読むだけなので、これも在職中なら普通の行為である。

先に中身を知っていれば、退職を切り出す順番を設計できる。内定を承諾し、労働条件を書面で確認してから伝える。この順番については施工管理の退職引き止め|「現場が終わるまで」に根拠はないでも書いた。競業避止の誓約書は、その順番の一番最後に出てくる紙だと考えておくといい。

何を禁じられたかは、会社があなたをどう見ていたかの通知でもある

もうひとつ、あの場面から読めたことがある。

会社が本部長に禁じたのは、技術情報の持ち出しではなく、同僚と取引先への接近だった。会社が失うことを恐れていたのは図面でも書類でもなく、人だったということだ。禁止範囲は、会社の恐れの一覧になっている。

自分に出された紙も、同じように読める。担当していた元請の名前が具体的に書かれているなら、会社はその関係をあなたの資産だと認識している。何も限定がなく「同業他社」としか書かれていないなら、会社はあなたの何を守りたいのかを整理できていない。後者は、6要素の①「守るべき企業の利益」からして立てにくい。

このサイトでは、求人票にも書面にも書かれていない情報を相手の反応から読む、という見方を繰り返し取り上げてきた。施工管理から施工管理への転職を考えている人にとって、退職時のこのやり取りは、辞める会社の姿勢が最後にはっきり出る場面になる。会社の見極め方については施工管理の転職でブラック企業を見分ける方法も参考にしてほしい。

退職を告げた当日に会社の端末が使えなくなる前提で備える

実務的な話をひとつ足しておく。あの場面でいちばん現実的だったのは、法的な話ではなく、その日のうちに会社の携帯とパソコンが手元から消えたことだった。

施工管理でこれが起きると、職務経歴書を書くときに困る。関わった工事の内容、担当した工種、資格の取得日。思い出そうとしても、記録が会社の端末の中にしかないと、退職後に職務経歴を整理しにくくなる。

ここで線を引いておきたい。**会社の端末やサーバーにあるデータを、退職前に個人の手元へコピーするのは避けるべきだ。**工事名や規模は、それ自体が顧客情報であったり、未公開の案件情報であったりする。社内規程で持ち出しが禁じられている場合もある。不正競争防止法上の営業秘密に当たれば、誓約書が有効かどうかとはまったく別の、はるかに重い問題になる。

代わりに取れる方法がある。

  • **自分の手元にある資料を整理しておく。**自分の資格者証、自分宛に交付された合格証や修了証は自分のものである

  • **記憶にある範囲を、自分のノートやメモに自分の言葉で書き出しておく。**経歴の棚卸しは、社内データの複製がなくてもできる

  • **会社に在職証明書や職務経歴の証明を依頼する。**労働基準法第22条第1項は、退職に際して労働者が請求すれば、使用者は使用期間・業務の種類・その事業における地位などについて証明書を遅滞なく交付しなければならないと定めている。これは請求する権利がある

経歴の棚卸しについては施工管理の転職活動で失敗しないエージェントの使い方でも触れている。在職中の進め方は施工管理の転職を在職中にバレずに進める方法にまとめている。

転職先には、伝えておいたほうが早い

最後に一点。競業避止の誓約書があることを、転職先の選考で伝えるかどうか。

伏せておきたくなるが、隠したまま入社して後から発覚するほうが、双方にとって面倒になる。そして、伝えたときの相手の反応もまた情報になる。この話に慣れている会社なら、どの範囲なら問題になりにくいかを具体的に返してくる。逆に、話を聞いた途端に選考を止める会社もある。どちらの反応が返ってくるかは、その会社を測る材料になる。

誓約書の存在は、エージェントを介したほうが伝えやすい情報でもある。直接言いにくいことを先に整理して伝えてもらえるのは、この場面での実務的な利点だ。

まとめ

  • 建設業の入職率11.7%のうち転職入職率は8.4%(令和6年雇用動向調査)。入ってくる人の多くが転職者である。ただしこれは人の動きの多さを示すもので、同一産業内の移動割合でも、誓約書の運用実態でもない

  • 出発点は憲法第22条第1項の職業選択の自由。退職後にどこへ行くかは原則自由の側にあり、誓約書はそこに例外を作ろうとする文書である

  • 経済産業省の参考資料5は50以上の判例から6要素を整理し、「1年以内は肯定的」「2年超は否定的」「代償措置なしは否定されることが多い」と明記している

  • 期間が1年でも、「同業他社への入社」を一般的・抽象的に禁止する書きぶりは過大な制約とされた判断がある(建築資材業をめぐる大阪地判 平成24年3月9日)

  • 判断されるのは肩書きではなく、実際に守るべき秘密に触れていたかどうか。人脈・交渉術・業務上の手法といった経験そのものは守るべき企業の利益と認められず、代償措置も高給であるだけでは足りないとされた例がある

  • 違約金の額があらかじめ書かれている条項は、労働基準法第16条の賠償予定の禁止に触れる可能性がある。ただし実損害の賠償請求まで封じるものではない

  • 限定が効いている誓約書は有効と判断されている。全部が無効という読み方はしない

  • **有効性の判断では、在籍中の職責や、どの情報にアクセスできる立場だったかも考慮される。**ただし実際にどの従業員へ書面を提示するかは会社の運用によって異なり、その実態を示す公表資料は見当たらない。個別の紙が出なくても、入社時に何にサインしたかは残っている

  • 私が見た一件では、退職を告げた当日に端末を回収されたうえで紙が出てきて、交渉の余地はなかった。すべての会社がそうだとは限らないが、告げる前に入社時の誓約書と就業規則を読んでおけば、相手の出方に左右されずに準備できる

  • その場で署名を求められて納得できないときは、持ち帰りや、弁護士・都道府県労働局の総合労働相談コーナーへの相談という選択肢がある

  • **会社の端末やサーバーにあるデータを退職前に個人の手元へコピーしない。**工事名や規模は顧客情報・未公開情報にあたりうる。自分の資格者証の整理、記憶に基づく棚卸し、労働基準法第22条第1項に基づく証明書の請求で代替する

  • 禁止された範囲は、会社があなたの何を惜しんでいたかの一覧でもある

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