「支給日の直前に辞めると、賞与は出ない」。そう聞いて、退職日を後ろにずらすかどうか迷う人がいる。
対象期間はまるまる働いている。現場も回した。それなのに支給日にいなかったというだけで消えるのは納得しにくい、という感覚はもっともだと思う。
ただ、この扱いが有効かどうかは、就業規則に何が書いてあるかだけでは決まらない。書いてあることが自分に届いていたかという、もう一段手前の条件がある。
なお、この記事で扱う裁判例は、厚生労働省が公表している資料の整理に基づいている。判決文そのものに当たれたものは限られるため、厚生労働省の資料が述べている範囲を超えて事案の中身には踏み込まない。
賞与は、労働基準法が「賃金」と呼んでいるものである
まず、違和感の出どころを確かめておきたい。
労働基準法11条は、賃金をこう定義している。
この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。
賞与は名指しで挙げられている。恩恵でも見舞金でもなく、労働の対償として支払われる賃金である。
ただし、毎月の給与とは扱いが分かれている。労働基準法24条2項の本文は賃金を毎月1回以上、一定の期日を定めて支払えと命じているが、そのただし書がこうなっている。
ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
「これに準ずるもの」を定めているのが労働基準法施行規則8条で、1か月を超える期間の出勤成績による精勤手当、1か月を超える継続勤務に対する勤続手当、1か月を超える期間にわたる事由によって算定される奨励加給または能率手当の3つが挙げられている。
さらに労働基準法施行規則21条は、割増賃金の基礎となる賃金から除外するものを列挙していて、その4号と5号がこうなっている。
四 臨時に支払われた賃金 五 一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金
賃金でありながら、毎月の給与とは別の枠に置かれている。「働いた期間の分なのに、支給日にいないと消える」という違和感は、この構造から来ている。
それでも「支給日にいなければ支払わない」は有効とされている
結論から書くと、就業規則に支給日在籍要件を定めることは、裁判例で適法とされてきた。
厚生労働省の資料は、この点をまとめてこう整理している。
裁判例では、支給日在籍要件を定めた就業規則は、合理性を有するとして適法とされ(大和銀行事件―最一小判昭 57・10・7 労判 399 号 11 頁)、慣行としての支給日在籍要件についても適法とされている(京都新聞社事件―最一小判昭 60・11・28 労判 469 号 6 頁)。
就業規則に書いてある場合だけでなく、慣行として運用されている場合も適法とされている。
そして、及ぶ範囲がどこまでかについて、同じ資料が続けてこう書いている。
これは、自発的退職者(大和銀行事件―前掲)だけでなく、解雇者(日本テレコム事件―東京地判平 8・9・27 労判 707 号 74 頁)、退職日を自ら選択できない定年退職者(京都新聞社事件―前掲、カツデン事件―東京地判平 8・10・29 労経速 1639 号 3 頁、三光純薬事件―東京地判平 14・9・9 労判 838 号 89 頁)、労働組合との協定に基づく希望退職優遇制度の利用者(コープこうべ事件―神戸地判平 15・2・12 労判 853 号 80 頁)についても適法とされている。
ここは丁寧に読んでおきたい。退職日を自ら選べない定年退職者についても、適法とした裁判例が挙げられている。自分の意思で辞めた人だけでなく、解雇された人、希望退職に応じた人も同じ側にある。
「日付を選べなかったのだから請求できるはずだ」という理屈は、少なくともこの整理の上では通っていない。
なお、上の表は退職の類型を網羅した分類ではない。整理解雇も解雇の一種であり、行は互いに排他ではない。それぞれの行は、その事案についてそう判断した裁判例が資料に挙げられている、という意味にとどまる。
適法とした裁判例が挙げられている
- 自発的退職者大和銀行事件
- 解雇者日本テレコム事件
- 定年退職者(退職日を選べない)京都新聞社事件・カツデン事件・三光純薬事件
- 希望退職優遇制度の利用者コープこうべ事件
- 整理解雇—
違法とした裁判例が挙げられている
- 自発的退職者—
- 解雇者—
- 定年退職者(退職日を選べない)—
- 希望退職優遇制度の利用者—
- 整理解雇リーマン・ブラザーズ証券事件
厚労省資料が挙げる例外的な判断
例外がないわけではない。ただ、この資料が挙げているのは2つで、どちらも狭い。例外がこの2つに限られる、と資料が述べているわけではない。
ひとつは、支給が予定日より遅れた場合である。
また、支給日在籍要件の支給日とは、賞与支給が予定されている日であり、現実の賞与支給が予定日から遅れて行われた場合、支給予定日に在籍していた労働者は、その後に退職したとしても賞与の請求権があるとされている(ニプロ医工事件―最三小判昭 60・3・12 労経速 1226 号 25 頁、須賀工業事件―東京地判平 12・2・14 労判 780 号 9 頁)。
基準になるのは支給が予定されていた日であって、実際に振り込まれた日ではない。予定日に在籍していれば、そのあとに辞めても請求権は残るとされている。
もうひとつは、整理解雇である。
ただし、整理解雇の場合は、「労働者自身に帰責事由がないにもかかわらず使用者側の事情により解雇されるものである上、定年退職等のケースと異なりその退職時期を予測できるものでもない」として、支給日在籍要件の適用を違法としている(リーマン・ブラザーズ証券事件―東京地判平 24・4・10 労判 1055 号 8 頁)。
理由として挙げられているのは2つで、労働者に帰責事由がないことと、退職時期を予測できないことである。そしてこの判示は、定年退職を「予測できる」側に置いている。前の節で定年退職者に適法とされていたことと、そのまま噛み合う。
これは整理解雇という事案についての判断であって、「会社都合で辞めることになったなら請求できる」という一般則ではない。厚生労働省の資料も、この1件を挙げるにとどめている。
その前に、就業規則が届いていなければ効力がない
ここまでは、支給日在籍要件が就業規則に定められていることを前提にしてきた。その前提には、さらに手前の条件がある。
労働契約法7条である。
労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。
「周知させていた場合には」という条件がついている。厚生労働省の資料は、周知が効力要件であることが最高裁判決以降そろったと整理したうえで、結論をこう書いている。
したがって、「賞与支給日において退職予定の労働者には賞与を支給しない」とする就業規則が、労働者に実質的に周知されていない場合、当該就業規則に効力はなく、この規定を理由として賞与を不支給とすることは許されないことになる。
では、どの程度で「周知」といえるのか。
労働基準法106条1項と労働基準法施行規則52条の2は、掲示または備付け、書面の交付、電磁的記録に記録したうえで各作業場に常時確認できる機器を設置すること、の3つを挙げている。ただし労働契約法7条の周知は、これに限られない。厚生労働省の資料は行政解釈を引いている。
行政解釈(平成 24 年 8 月 10 日付け基発 0810 第 2 号)では、「(例えば、労基則 52 条の 2 に規定する方法等により、)労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいうものであること。(中略)労契法7条の「周知」は、これらの3方法に限定されるものではなく、実質的に判断されるものであること。」としている。
水準についても、裁判例が引かれている。
就業規則が従業員に対して効力を生ずるための周知の方法・内容等については、「実質的に周知の措置がとられていれば足りる」、「実質的な周知とは、従業員の大半が就業規則の内容を知り、又は知ることのできる状態に置かれていれば足りる」とする裁判例がある(日音事件―東京地判平 18・1・25 労判 912 号 63 頁)。
基準は「知っていたか」ではなく「知り得たか」である。だから「自分は見たことがない」というだけでは足りない。どこにあるか分かる状態に置かれていれば、実際に読んでいなくても周知にあたりうる。
逆にいえば、どこにあるか誰も知らない状態なら、そこに書かれた支給日在籍要件は効力を持たないことになる。
支給日在籍と、退職予定者の減額は別の話
ここで、混同されやすいものを切り分けておきたい。
「支給日にいなかったから出なかった」と「退職予定だから減らされた」は、争点が違う。
後者について、厚生労働省の資料はこう整理している。
賞与額決定の要素として、当該従業員の実績の外、同人に対する将来の活躍の期待を加味することを前提に、退職予定者については、後者の点が小さいという点を理由として、これに対する賞与額を非退職者と比較して定額にする条項を定めること自体は適法としつつ、僅少な金額に止めることは違法と判示した上で、退職予定者に非退職予定者の 17%の金額しか支給しない規定は違法として、非退職予定者の賞与額の 80%の金額の支払いを命じたものがある(ベネッセコーポレーション事件―東京地判平 8・6・28 労判 696 号 17 頁)。
差を設けること自体は適法、ただし僅少に止めることは違法、という線が引かれている。
査定による減額はまた別で、同じ資料が次のように結んでいる。
賞与支給規程等に不支給条項や査定により減額する等の規定があり、それから逸脱することなく適正に行われたものであれば、賞与の不支給や減額の措置も許されると考えられる(マナック事件―広島高判平 13・5・23 労判 811 号 21 頁)。
支給日在籍、退職予定者の減額、査定による減額。この3つは根拠も判断枠組みも違う。自分のケースがどれにあたるのかを分けないまま「賞与が出ないのはおかしい」と言っても、話が噛み合わない。
就業規則がどこにあるか、聞ける会社かどうか
ここまでの整理を踏まえると、支給日在籍要件について自分で確認できることは、実はひとつしかない。
就業規則に何と書いてあるか、そしてそれが見られる状態にあるかである。
求人票の記載は「賞与年2回」といった水準にとどまることが多い。支給日がいつで、支給日在籍要件があるかどうかまでは、求人票では確認できないことがある。賞与の算定基礎も同じで、基本給の何か月分なのか、対象期間はいつからいつまでなのかは、就業規則や賃金規程を見ないと分からない。
だから、確認するなら在職中か、遅くとも入社前ということになる。辞めると決めてから就業規則を探すのでは、順番が逆になる。
そして、就業規則がどこにあるかを聞いたときの応じ方そのものが、材料になりうる。すぐに出てくるのか、探しますと言われたまま戻ってこないのか。前者なら支給日在籍要件が書いてあっても納得の上で日付を選べるし、後者なら周知の要件を満たしているかどうかという別の論点が出てくる。
その会社が何を紙に残しているかは、賞与に限らず効いてくる。退職を告げたあとに条件がどう扱われるかについては退職の引き止めの記事で、資格取得費用の返還を求められた場合の判断材料は資格取得費用の記事で扱っている。同じ退職日が社会保険料に対して持つ意味は退職日と社会保険料の記事にある。
私は就業規則を見た。それでも賞与の条項は見ていない
自分の場合を書いておく。
退職日は11月30日で、賞与の支給日は12月15日だった。あと2週間ほど在籍していれば、支給されていたと思う。
支給日在籍要件があること自体は、退職を申し出る前から分かっていた。ただし、正確に言えば「分かっていた」のではない。何かで読んだわけでも、誰かに確認したわけでもなく、おそらくそうだろうと解釈していただけである。そして実際に、賞与は支給されなかった。
日付をずらすことは考えなかった。それよりも、次の会社に少しでも早く合流して、知識を身につけて戦力になりたかった。賞与の支給日まで無理やり在籍することは、選択肢として出てこなかった。
賞与の算定基準は把握していた。基本給の何か月分で、算定対象期間の成績で決まる、という程度には知っていた。
そしてもうひとつ。私は在職中に就業規則を見ている。会社のファイル共有ソフト、社内のデータベースの中にあった。それまで意識したことはなかったが、辞めると決めてから開いた。確認したのは、何か月前・何日前に退職を申し出なければいけないかと、退職金がいくらかである。
同じファイルの中に、賞与の条項もあったはずだ。開いていながら、そこは読んでいない。
この記事の前半に書いたとおり、支給日在籍要件が効くかどうかは、就業規則が実質的に周知されていたかどうかにかかっている。少なくとも私は、社内データベースから実際にアクセスできた。ただし、ほかの従業員がどこまで知り、あるいは知り得る状態にあったかまでは分からない。これだけで、会社全体として実質的な周知があったと断定はしない。
つまり私の場合、就業規則は見られる状態にあり、実際に見た。それでも賞与の条項は見なかった。探しに行ったのが「辞める手続き」だったからである。
退職金の額は調べた。退職の申出期限も調べた。どちらも「辞めるために必要なこと」だ。賞与は、辞めるために必要なことではない。辞める前に受け取るはずだったものである。探し物のリストに、それは入っていなかった。
なお、実際に賞与が支給されなかったことについては、資格取得費用の記事でも一度触れている。そのときは退職金の話が中心だった。
念のために書いておくと、これは「賞与を捨てるべきだ」という話ではない。支給日まで在籍して受け取ってから辞める人もいるだろうし、そのほうが合理的な場面も多いと思う。私はそう考えなかったというだけで、それを一般化するつもりはない。
日付をずらすかどうかを決める前に
支給日の直前に辞めることになりそうなとき、選択肢は2つあるように見える。日付をずらして支給日まで在籍するか、そのまま辞めるか。
ただ、この記事で確認してきた範囲でいえば、判断に必要な情報は「支給日はいつか」だけではない。
支給日在籍要件が就業規則に書かれているか。書かれているとして、その就業規則は知り得る状態に置かれているか。要件の書き方が「支給日に在籍しない者」なのか「支給日において退職を予定している者」なのか。後者なら、退職予定者の減額という別の論点も関わってくる。
そして、日付をずらすことで動くのは賞与だけではない。社会保険料は、前月から続けて加入している人の場合、月末かその前日かで退職前の勤務先での算定が変わる。住民税は、共通の金額条件を満たしたうえで、6月から12月と1月から4月で申出の要否が変わる(退職と住民税の記事)。ただし、11月30日を12月15日にずらす程度であれば、住民税はどちらも同じ区分に入る。日付をずらせば必ず全部が動く、という話ではない。
まとめ
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労働の対償として支払われる賞与は、労働基準法11条の賃金である。ただし24条2項ただし書で毎月払いの原則から外れ、1か月を超える期間ごとに支払われるものは労働基準法施行規則21条5号で割増賃金の基礎からも除かれる
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厚生労働省の資料は、支給日在籍要件を定めた就業規則について、合理性を有するとして適法とした裁判例を挙げている。慣行としての支給日在籍要件についても同様である
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同資料は、自発的退職者だけでなく、解雇者、退職日を自ら選択できない定年退職者、希望退職優遇制度の利用者についても適法とした裁判例を挙げている
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厚生労働省の資料が例外的な判断として挙げているのは2つ。支給が予定日より遅れた場合は、支給予定日に在籍していれば請求権があるとされている。整理解雇については、帰責事由がなく退職時期も予測できないことを理由に適用を違法とした事例がある。同資料が例外をこの2つに限定しているわけではない
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ただしその手前に、就業規則が実質的に周知されていなければ効力がないという条件がある(労働契約法7条)。基準は「知っていたか」ではなく「知り得る状態に置かれていたか」である
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支給日在籍、退職予定者の減額、査定による減額は、それぞれ別の論点である
支給日在籍要件は、思っているより広く有効とされている。だから確かめる先は就業規則になる。
ただ、見られる状態にあるだけで、自分に必要な条項まで読むとは限らない。私は実際に就業規則を開いて、賞与の条項だけを読まずに閉じた。何を探しに行くかで、同じファイルから見えるものが変わる。
辞めると決めてから開くと、探すのは辞めるための手続きになる。賞与の支給日と在籍要件は、そのリストには載りにくい。確かめるのに向いているのは、辞めると決めたあとではない。